中仙道から浅草まで物見遊山のジョギング(T) (U)へ  (V)へ
U千住宿 V・海、深川
JRの鉄橋を過ぎて右・隅田川、左・荒川、広大な河川敷の中を走ります
◎中仙道から隅田川のジョギング
@深川まで @T A深川まで AU  B海まで @T C海まで AU
◎中仙道から荒川を海までジョギング 
@  A  B
中仙道から浅草まで・物見遊山のジョギング地図

そろそろ隅田川の桜も咲いてきたので今年も中仙道から海までの物見遊山のジョギングをと思っていました。そのためのトレーニングをしていましたが膝を痛めてしまいました。慌てて病院に行ったところ、何時もの通り経年が原因で無理をしすぎたとのドクターの宣託です。2週間ほどトレーニングを休んで湿布を張っているとどうも調子が改善してきたようなのです。これなら出来るだけ休憩を取りながら行けば浅草の墨堤の桜までは行けそうな気がしてきました。

3月28日、不安な気持ちを抱えながら早朝家を出て中仙道の戸田橋を渡ると右手に富士山が見えてきました。何か元気が湧いてきた気分です。荒川の土手をよたよたと走り、そして歩き出しました。目論見としては北千住まで荒川の右岸を、北千住から隅田川に出るコースをとることにしました。

途中道に迷っては親切な地元の人々の助けを借りながら、膝の痛みもそれほどひどくはならずに充実した一日を過ごすことが出来ました。2017.03.28

埼京線・戸田公園駅

3月28日、昨夜来の雨は止んで日が差しているようですが外気に春の暖かさは感じれれません。バスに乗って埼京線・戸田公園駅に来ました。17号国道・中仙道から荒川経由隅田川には最も都合の良い出発点になります。

早朝のバスは乗客もまばらです。滅多にバスに乗る事がないので新鮮な気分です。JR戸田公園駅に着きました。水仙が咲いていました。辺りの桜は硬い蕾です。もし桜が咲いていたら荒川土手の桜を見てから土手のジョギングを始めようと思ったのですが諦めて、AM6:30、戸田橋を目指します。

AM6:43,17号・中仙道の道路の下の川沿いの狭い道を辿って戸田橋に登ってきました。戸田橋北詰の交差点、何時ものジョギング時の折折り返し点になります

東京方面に向かって橋を渡ります。右手に富士山が見えました。嬉しいプレゼントです。少し膝の状態に不安がある身には勇気が湧いてくる富士山の出現でした。戸田橋の左は東北新幹線の鉄橋、かなり頻繁に流線型の列車が通ります。東京の板橋区に入りました。荒川左岸の土手に向かいました。

AM6:50、荒川土手右岸の道に入るとすぐに戸田の渡しの東京側の説明板があります。此処から隅田川と荒川の分岐点、岩淵水門までは、これで都合4度目の訪問なので様子が分かっています。

桜が今年の寒い春でまだまだ蕾であろうと、桜見物を諦めて東京の神社を訪ねる事にしました。

物見遊山の対象を桜から神社に変更する事にしました。痛めて膝に注意しながらジョギングを開始します。

 
北区浮間・氷川神社

AM7:00,走り出して10分ほどで下に大きな池が見えてきました。浮間公園のようです。近くの氷川神社を訪ねるべく土手を降りて池の横に出ます。途中、氷川神社への道を尋ねながら人家の密集地の中にある社に付きました。氷川神社住所:北区浮間2丁目19−6。2017.03.28

左隣はゴルフ場と桜草の庭園になっているようで静かな佇まいの気分の良い神社です。拝殿の前に大きな狛犬が置かれていました。
氷川神社狛犬

AM7:09、年号等を探したのですが見付ける事が出来ませんでした。かなり新しい狛犬のように見えます。ここまで10分程ですが膝の痛みはほとんど感じません。これなら浅草まで何とか行けると自信がわいてきました。

拝殿で神様にお願いをして土手に戻ることにします。

 

荒川土手のジョギングに戻る

AM7:12、荒川右岸の土手に戻りジョギングを開始。かなりの区間土手の横の柔らかい草の中にトレールが続いています。膝を痛めないように草の中の道を走りました。海まで24kmの地点を通過します。

JRの鉄橋までは快適な草のトレールをたどることが出来ます。2017.03.28

AM7:33、JRの鉄橋に到着。対岸は埼玉県川口市、こちらは東京都北区になります。

鉄橋がおもちゃのように見える不思議な光景です。ここからは人が多くなったので暫くは歩くことにします。

AM7:40、赤羽の桜の土手にやってきました。電車からも見える桜並みですがまだ蕾が色づいた程度です。

今年の春は中々暖かくなりません。

荒川右岸の上流方向を写しました。この先にJRの鉄橋です。

左は新河岸川、一段のプレジャーボートが波を立てながら上流に向かっています。桜の並木は赤い蕾のまま暖かい春を待っているようです。これでは物見遊山のジョギングも桜見物から神社に切り替えざるを得ません。

 
北区・ハ雲神社

AM7:45、122号線から都内入る車で渋滞が始まった新荒川大橋の下を潜りました。八雲神社を訪ねるために荒川右岸に並行して流れる新河岸川の岩淵橋を左岸から右岸に渡ります。かなり先に岩淵水門が見えます。八雲神社住所:北区岩淵22−21。地図をご参照ください。

岩淵橋を渡ると目の前に神社が有りました。入り口が分からないので一回りすると長い参道を持つ神社の鳥居がありました。雰囲気のある良い神社でした。拝殿でお参りをしました。

八雲神社大正10年の狛犬
中々良い感じの狛犬でしたが、もろに朝日が差し込む逆光です。私の腕では歯が立ちません。何とか後ろから撮りました。狛犬も台座の状態も大変美しい狛犬でした。

右に置かれた阿像を撮ってみましたが真っ黒に写っていました。吽像も同じなので辛うじて形の分かる阿像だ掲載しました。

 

AM8:01。北区は日光御成り街道が通っているのでこのような案内をしばしば目にします。赤羽駅から王子に通じる御成り街道の道路脇にも案内板がありました。この案内板は赤羽・王子地域の更に北になります。

案内板の現在地に八雲神社があります。更に東に向かいます。

AM8:06.道路脇に防寒のマフラーを巻かれた寂しげな顔付のお地蔵様が建って居ました。

消えかかった説明に水難事故の供養と書かれていました。昔はさぞかし度々あった事なのだろうと思いました。

熊野神社

地図をご参照ください。

AM8:15.新河岸川右岸を”新志茂橋”を過ぎて東に暫く進むと右手に神社が見えてきました。一帯が工事の為に入り口が分かりません。うろうろしていると、犬を釣れた地元の人が通りがかったので訪ねると、一緒に行ってやるとの事で、狭い路地を迷うことなく神社まで到着しました。志茂熊野神社住所:北区志茂4丁目19−1

熊野神社獅子山狛犬

大変出来の良い獅子山でしたが、残念ながら狛犬は破損したのか新しく作られたようです。真っ黒で年代を感じさせる岩組と真っ白な狛犬はまだマッチしてい居ないように見えました。

獅子山の裏に綺麗な文字が彫られていました。元の狛犬は大正6年(1917年)に作られたようです。最初の奉納者の篠田常五郎74歳と刻まれた人は、弘化元年(1844年)生まれで74歳、大正6年(1917年)で引き算をするとぴったりと合います。この時代はまだまだ江戸の人々が実際に暮らしていたのだと思いました。

これが最初の熊野神社の社だったようです。中々由緒ありげな社でした。
参道もかなり長く拝殿がかなり遠くに見えます。隅田川の縁にあるこの辺りは、昔はかなり大変な場所だったのかもしれません。2017.03.28
岩淵水門
AM8:29.先ほど通り過ぎた新志茂橋まで戻り、新河岸川を右岸から左岸に割りました。荒川と隅田川に挟まれた岩淵水門に到着します。

8:33、岩淵水門の土手に一本だけ咲き出した桜が有ったので25分程休憩を兼ねて朝食を取る事にしました。目の前に広い荒川の川面が広がっています。

日差しは強いようですが、風が吹き外気は冷たいままです。これから暫く荒川右岸をジョギングするつもりです。

2017.03.28

05/14/2017
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