桜の咲く荒川土手・中仙道から海まで物見遊山のジョギング(U)地図   
T・戸田橋出発  V・海、深川
2時58分、海まで来ました。葛西臨海公園の大観覧車、その先はデイズニーランドです
◎中仙道から隅田川のジョギング
@深川まで @T A深川まで AU  B海まで @T C海まで AU
◎中仙道から荒川を海までジョギング 
@  A  B

土手をジョギングしながら桜の季節になったら何とか海まで行ってみたいと思っていまし た。荒川土手には所々海までの距離を書いた看板があるからです。

戸田橋の近辺に海まで27kmの看板があります。16kmは時々走っているので、途中歩きを入れたり休憩をしながら行けば何とか海まで辿りつけるのではないかと思えてきました。インターネットで調べると、殆ど往復している人が多く私とはスピードが違うようです。私はと言えば早く歩く人とほぼ同じで、抜かれる事はあっても走って人より先に出た事は皆無という体たらくです。時速6kmなら長く走れそうなので、無理をしないで、足が痛くなったら電車で帰ればよいと覚悟を決めて桜の咲きだした頃、晴天の3月30日に決行しました。

荒川の土手は足が途中少し痛くなって30分程歩いただけでほぼジョギングで行く事がで きました。出発前の不安とは裏腹に思ったよりトレーニングが役だったようで問題なく走る事が出来たのには驚きました。出発点や千住・深川では恥ずかしくてジョギングは出来ません。この区間は休憩と見物を兼ねて歩く事で疲れをとる事が出来ました。#kiyosuna

地図を見ていると土手の近くには千住があります。芭蕉が船で上陸した場所でもあり日光街道の入り口でもある千住大橋が隅田川に掛っています。それなら荒川土手から隅田川まで往復してみようと計画をたてました。更に地下鉄を利用すれば深川に出て芭蕉が出発した海辺橋、小名木川と私の大好きな江戸の物語に馴染みの場所に出る事が出来そうです。そして極めつけは深川で風呂に入れそうだと言う事でした。まさに物見遊山のジョギングです。

満開の桜を幾つも見て、芭蕉と江戸の面影を持つ町を散策、最後は深川で風呂に入って帰路に付きました。大きな達成感と盛り沢山の江戸の名残りに満たされた中仙道から海までのジョギングでした。地図の赤線の部分を辿りました。ジョギング部分が大よそ26km程度になります。戸田の渡し、千住、中川船番所、清砂大橋、深川、知り合いの家まで、と歩いた部分が大よそ13kmを少し超える程ではないかと思っています。2015.03.30

千住宿見学
A点発
B点着
B点発
C点着
D点着

時間

9:40 10:33 11:20 11:46 12:07
距離km A⇒B:2.1km B⇒C:1.1km C⇒D:1.4km
見物時間:約2時間30分   A点〜D点までの歩行距離:約4.6km
荒川土手から千住大橋(A⇒B)
@荒川土手から千住宿奥の細道プチ・テラスまで
9:40.千住大橋から土手を下ります。旧日光街道を探します。9:54、桜の木が道路から見えるお寺を目指して進むと安養院と書かれていました。旅の無事を祈ってお参りをしました。庭を掃除している人が居たので宿場を尋ねると直ぐそこだと教えてくれました。六地蔵が見送ってくれました。

10:01、地図からも旧日光街道は荒川の土手で行き止まりになっているので土手を左に進むと信号。右折すると千住宿の旗がさがった道に出ました。

旧日光街道に出ました。進む道の前方が隅田川に掛る千住大橋、江戸の町の方向です。後ろは日光街道、奥州街道に連なります。芭蕉と曽良もこの道を通ったのです。向こうから来てすれ違ったような想像をしてしまいました。当時は荒川放水路は無かったので芭蕉の健脚をもってすればあっという間に姿が見えなくなった事でしょう。

 

 

10:3、江戸四宿、品川・新宿・板橋、千住、の中で、最も栄えたのがこの千住だとの事、旧家が残っているようです。

10:06、商店街を歩いています。左にちょっとした広場がみえます、地図がありました。果たして千住大橋まではどれ程なのか、地元の人にうかがいました。自転車?と聞かれてしまいました。どうも歩く範囲ではないようです。桜並木を聞いたら丁寧に教えてくれました。下町は気さくで良いなと嬉しくなりました。土手までの帰りは南千住から北千住まで電車にしょうかと弱気の虫が騒ぎます。教えてくれた人は私の思っている駅とは違う駅の名前を言ったなと不安になってきました。  

ままよと心に決めて進むと人通りが多くなってきました。左に北千住の駅が見えてきました。墨堤通りとの大きな交差点に出ました。墨堤通りを左に進めば、帰りに立ち寄る予定の隅田川に沿ってある深川・浅草方面になります。

10:24、右に源長寺、墨堤通りを横切って更に進みます。

 

10:27旧日光街道の道標。この辺りは江戸時代ヤッチャバがあったそうで、それが千住繁栄の元になったと書かれていました。
A千住宿奥の細道プチテラス

10:30、旧日光街道を千住大橋に向かって進みます。国道4号線にぶつかります。その左角に小さな広場がありました。芭蕉の石像が建っています。2015.03.30

10:31、芭蕉像前の新しい道標。現在地の日光道中・千住宿、左・草加、右・日本橋。
B千住大橋

10:33、やって来ました芭蕉が船を下りた千住大橋東詰め。橋際に何かモニュメントが無いかを探しますが見つかりません。深川方向の隅田川の眺めです。

10:39、諦めて橋を渡って南千住駅を目指します。電車で北千住に戻ろうと思いました。再度、芭蕉が船を下りた印がどこかに有るはずだと、渡りきった千住大橋西詰辺りを探しますが見つかりません。

4号線を横断して反対側に出て、再度橋を渡り返す事にしました。橋の際にモニュメント、千住大橋の説明でした。橋の上流側を渡って旧日光街道方向に戻ります。すると橋の際に小さな公園が表れます。大橋公園と書かれていました。中に入って見ました。ここが芭蕉の船を下りた地点のようです。私は旧日光街道から来て、千住大橋の左側を渡ったのでこの公園が見つからなかったのです。2015.03.30

 
C大橋公園
10:40、旧千住宿があった隅田川の左岸の橋の際にトイレの付いた小さな公園があります。千住宿から大橋に向かってくると右側です。”おくのほそ道矢立初の碑”などが見られます。堤防を登ると川岸に降りる事ができます。そこにも奥の細道の壁画等が見られます。深川の海辺橋から船に乗った芭蕉が下船した船着き場がこの辺りなのだそうです。

10:44、隅田川のコンクリートの土手の下の広場で昼食をとりました。晴れ渡った空、隅田川、芭蕉と曽良との一体感、何とか此処まで走って来た充実感、とても豊かな気分です。パンを二個、みかんを3個、ペット・ボトルの水が更に満足感を高めてくれます。

隅田川を眺めながらの休憩です。2015.03.30

隅田川の堤防にプリントされた浮世絵、左上が北斎、右上が広重。上の広重の浮世絵によれば、橋の下方向が深川方面、芭蕉は下から船で橋の下を通り抜けて船が見える右側の岸から千住に上陸した事になります。

土手の広場から隅田川の水面を眺めて見ました。隅田川の川面にたつ小さな波は、芭蕉と曽良のこれからの長躯の旅へのささやかな不安と心細さに揺れる心を表現しているように感じてしまいました。

車で二人の旅先を幾つか訪れた気持ちがそうさせるのかもしれません。自らの足だけが頼りだった時代、芭蕉の年齢を考えれば、胸に浮かぶ前途の困難さや不安には十分の根拠があると思えるのです。行春や鳥啼魚の目は泪

11:16、芭蕉が船を下りた辺りから千住大橋を眺めていよいよ出発です。 11:19、土手を上がり大橋・北詰の大橋公園前の奥の細道・矢立初めの地と書かれた石碑を写真に撮って桜並木へと向かいます。
D北千住大踏切

旧日光街道を荒川土手方向に戻ります。墨堤通りを過ぎて千住警察署入口の標識のある大きな交差点を右折して僅かな地点。これが千住の大踏切です。確かに珍しい風景です。そして懐かしい風景です。余り長い踏切なので2分割されています。

11:47、1本目の踏切に貨物列車がやってきました。踏切が上がると同時に車も人も大急ぎです。歩いては間に合わず途中の2個目の踏切でストップです。11:51、出張でお世話になる京成スカイライナーが上野駅を目指して通り過ぎました。列車が過ぎた先に桜が見えます。

E北千住桜並木
11:52、人々の暮らす町でただ咲いている約1km続く桜の並木です
長く続く桜の並木は構える事無く迎えてくれます。提灯も無ければ屋台もありません。ただ春の喜びが溢れているだけです。
引越しの車が止まったり、工事のトラックには解体した家の瓦礫が積み込まれていたり・・普段の町の暮らしの只中で桜が咲いていました。
道に溢れかえるような桜の並木です。特別に見ている人もそれ程多くはありません。普通の暮らしが続いています。私もその春の景色の中の小さな点になって紛れ込んでいます。
 

12:04、大変素晴らしい町の桜並木でした。桜を守ってきた町の人のお蔭です。地図は桜並木の中間点あたりになります。

桜並木の尽きる辺りに荒川土手が見えてきました、気合を入れ直さなくてはなりません。2015.03.3

F千住から中川船番所

12:07、荒川の土手から桜並木を見降ろしています。空を覆った桜の下を歩いた事が幻のように思えてきます。走り出した土手の先には機械的な風景が広がっています。千住の町で大きな思い出が出来ました。中川船番所跡に向かいます。

12:20、首都高速6号向島線、中央環状線に合流します。余りにも橋が多いので選んで画像を載せる事にしました。 12:26、スカイツリーの姿が大きく目立ってきました。
12:50.スカイツリーの下部まで見えてきました。走りながら右手でシャッターを押すので画像が傾きました。
12:43、海から8km標識。順調です。  
12:52、中央環状線に掛るしいハープ橋です。左に向かう車線は延々と渋滞の車の列が続いています。左は北行で東北道、常磐道に向かいます。右は海の方向に進みます。レンボー・ブリッジ、横浜方面、京葉道路方面に向かいます。
12:54、右にスカイツリー、左に墨田区清掃工場の巨大煙突。見事な二つの町のモニュメントが土手の右手に見えてきました。
13:06、海まで6kmのポイント通過、快調です。
G小松川千本桜

13:30、首都高速7号小松川線の橋を過ぎると荒川土手に桜が現れます。恥ずかしいのでジョギングを中止して桜を見ながら歩きました。右手にはマンションか団地なのか高層住宅が林立しています。多分小松川1000本桜と言う一帯だと思うのですが確かではありません。桜の列はかなり長く続きます。

2015.03.30

 

桜を見ている人達は多くが地元の方のようで乳母車を押している人も見られます。静かに春を満喫している長閑な雰囲気です。

長い桜並木です。かなり進むと人が多くなり木の下で花見をしている風景が続きます。駅が近いようです。小松川千本桜と書かれていました。どこからどこまでそうなのか分かりません。

 

13:30、4kmのポイント表示。東西線の駅が近いのか桜の木の下で宴会の人々が多くなってきました。大島小松川運動公園があるようです。
13:50、桜の並木が疎らになってきました。土手から左に地下鉄東西線の鉄橋が見えてきました。土手を下りて中川旧船番所跡に向かいます。2015.03.30
H旧中川船番所跡

12:58、船番所の位置を地元の方にうかがうとはっきりしないようです。それを聞いていた、親御さんを車椅子に乗せた方がこれから行くからと同行してくれました。私には見知らぬ人の親切ほど旅の思い出を印象深く残してくれるものはありません。

中川に掛る橋の上から右側にある番所の跡を見ています。旧中川は、他の江戸の河川と同じく大きな改修が行われ江戸時代の景色とは大きく異なっているのでしょう。この辺りは旧中川が残っている部分で、隅田川の深川から東西に流れる小名木川の東端にあたります。番所が設けられていました。確か成田さんのお参りに出かけるのも行徳河岸まで小名木川から中川を通ったと思います。間違っているかもしれません。私は右の番所の跡を見て小名木川を渡り、写真正面の白い平成橋を左に渡って土手に戻りました。

小名木川は多くの江戸の物語に登場しますが、この船番所は私の愛読する平岩弓枝の”はやぶさ新八御用帳”にしばしば舞台として登場します。3000石の大身旗本の当主・落合清四郎が中川御番衆の役となり水練の途中に溺れた事がきっかけとなり隼新八と知り合います。物語の舞台となる船番所を見る事が出来てこれからの読書が更に楽しみになります。

"はやぶさ新八御用帳"の”中川船番所”をちょっと読んでみました。船番所の先は海が広がっていたと書かれています(作者が調べたのでしょうから多分事実なのでしょう)。江戸時代、西側の深川の埋め立てはかなり進んでいたが、東側はまだ海が広がっていた事になりそうです。現在は此処から更に2km程荒川放水路の土手が延びていますからそれだけ埋め立てられていると言う事のようです。

13:59、船番所跡と町の景色を眺めています。2015.03.30

14:00、船番所資料館(東京都江東区 大島9-1-15)生憎月曜は定休日でした。

 14:00、船番所跡に格別のものが残っているわけでもありませんが、私には物語のイメージがあるので、このさっぱりとした風景に沢山の人々、屋並み、生活を浮かび上がらせてくれます。 14:02、船番所資料館の外にあった写真です。落合清四郎が律儀に勤めを果たしている姿が浮かんできます。
小さな売店に若者のグループが居たのに不思議な気がします。船番所に興味があるのでしょうか。私はこれからにそなえてペット・ボドルを買いました。自動シャッターの写真が失敗しました。波が想像を掻き立ててくれるようです。
14:14、ばんしょ橋で小名木川を南へと渡ります。 14:14、大好きな小名木川を見て感動しています。

14:16、平成橋を渡り中川の東岸へと渡ります。建物の右が桜並木が続く荒川の土手方向です。正面の白い部分が地下鉄東西線の東大島駅、青い橋を右から左へと渡ってきました、橋の左端が船番所跡になります。

杭の先で左から小名木川が合流してきます。海まで行ったら帰路地下鉄で深川の小名木川を訪れる予定です。

14:30、海まで2kmの標識、此処まで来れば海まで行ける確信を持ちました。

V・海から深川は近日中に掲載予定

14:29、荒川の土手に戻ってきました。フィニッシュに向けて走らなくてはなりません。2015.03.30

05/04/2016
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