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東京都北区平塚神社・左側の獅子山

29年1月31日、日比谷で映画”アイ・イン・ザ・スカイ”を見るために家を出ました。せっかくなのでその行き帰りに社を訪ねて狛犬を見る事にしました。映画の開演前に劇場近くの日比谷神社を訪れました。映画館から出て少し静かな社を田端に向かいました。偶然にも狛犬の居る社の隣の寺院で子規の墓を訪れる事が出来ました。2017.01.31

北区田端・大龍寺・正岡子規の墓

田端八幡・赤紙不動から緩やかに、静かで気分の良い坂道を上ります。途中通りがかりの人に上田端八幡の場所を伺います、迷わず5分ほどで道路脇に社が見えました。ここも先ほどの田端八幡と同じく神社の隣が大龍寺というお寺でした。

何気なく山門の脇の石柱を見ると正岡子規の墓と書かれていました。説明版を読んでいると確かにこの寺に子規の墓があるようです。びっくりして大きな幸運とのめぐりあわせに嬉しくなりました。狛犬を観る前に子規の墓にお参りをさせてもらうことにしました。大龍寺住所:東京都北区田端4-18-4。2017.01.31

正岡子規の墓
寺の境内に入り 見まわしたのですが墓地への入り口が見当たりません。一旦外に出て寺の前の方に伺うと本堂の左、自販機の先に入り口があり子規の墓も墓地の中にあると教えてくれました。かなり広い墓地を探したのですが見つかりません、一旦諦めて帰りかけたのですが折角の幸運を見逃す手はないと隅から隅まで見ることにしました。岡の傾斜に広がる広い墓地の上に向かって左端の列の中頃に墓碑が見つかりました。2017.01.31
 

岡の上に向かって左から”正岡家累X(世だと思います)”・”子規”・”正岡八重(母親だと思います)”の墓が並んでいます。その左に、半分消えかかった説明版によれば平成19年に再建されたと思われる真新しい子規碑がありました。

ヘチマの絵は子規の辞世の句から来ているのではないかと思います。
糸瓜咲て痰のつまりし仏かな
痰一斗糸瓜の水も間にあはず
をとゝひのへちまの水も取らざりき

竹の彫りは、碑文にもある”又ノ名ハ竹ノ里人”を表しているのかもしれません、そして根岸の里の子規庵おも表しているように思えました。

子規碑に褒めこまれた文章を読んでみました。大変簡潔で良い文章だなと思いました。短編小説を読んだような楽しさです。そしてここからそれほど遠くない三ノ輪の投げ込み寺・浄閑寺の永井荷風 の美しい碑文を思い出しました。昔の人は漢文の深い素養があるからなのか簡潔で意を尽くした文章に見惚れてしまいました。

個人的には藤沢周平の”白き瓶”から長塚節を知り、その作品に登場する師である子規を知りました。物語を欲深く楽しむために節の生家を石下町に訪ね、節が訪ねた師の子規の暮らした根岸の子規庵を訪ねた事があります。私には慈愛に満ちた節の師であったであろうと言う程度の興味なのです。

全くの素人の個人的印象なのですが、藤沢周平が長塚節に興味を惹かれ、長塚節は子規に惹かれた共通する私のイメージが藤沢作品にしばしば出てくる”小流れ”なのです。複雑な精神の人々だとは思うのですが、水底の砂利が見える澄んだ水の流れ、精神に一筋の透明感を感じるのです。それを思い出すことは大変心地よい気分になります。

この碑文に出会ってそれを思いました。そして子規の没年は1902年(明治35年)、長塚節の没年は1915年(大正4年)、節は1879年(明治12年)生まれですからもしかすると師であるこの子規の墓を訪れているのかもしれないと素人の想像を楽しみました。

つまらない事ですが、岡を超えた東側の子規庵の他にも、野球好きな子規の名が付い小さな”正岡子規記念球場”が上野公園にあります。句碑が建っていて”春風や まりを投げたき 草の原”。このような僥倖に遭遇するたびに、幸せであったろう長塚節の子規(病に伏せる姿のイメージを押しのけて野球を楽しんでいた姿と共に)との付き合いを思うのです。

北区田端 ・上田端八幡神社

 

 

上田端八幡神社住所:北区田端4丁目18−1 。大龍寺の隣の上田端八幡の参道はかなり長く、途中は子供の公園になっています。2017.01.31
 

上田端神社の説明板です。2017.01.31

上田端八幡神社・狛犬大正元年(1912年)

右側の狛犬で阿像に見えます。玉を納めて少しを胸を張り顔を上げた中型の狛犬でかなり良い姿です。

どこか先ほど見た田端八幡神社の神社の狛犬に雰囲気が似ているような気がします。台座には奉納した人と年号だけが見えますが、石工の名前は見られなかったと思います。2017.01.31

日の光が強く当たるために左側の吽像と思われる狛犬から阿像を撮りました。
左側に置かれた吽像と思われる狛犬です。単なる勘違いの恐れもありますが、子供を抱いた姿が何処か先ほどの田端八幡神社の吽像に似ているような気がします。例えそうでなくても十分良い狛犬に見えます。私が写真を撮っている間にも二人参拝する人が訪れました。2017.01.31
日暮れ前に次の平塚神社に向かうことにします。左に上田端八幡神社の境内に沿った坂道を緩やかに上ります。一旦田端駅まで戻って電車で上中里駅に向かおうとも思ったのですが、面倒なのと楽しい散歩なのでこのまま進むことにしました。

平塚神社

 
田端から上中里駅を目指し出来るだけ線路よりの道を通ります。山手線の高架橋を渡ります、池袋から東京駅方面に向かう電車が通ります。 時折車で通る裏道に出ました。それを横切って線路の際の道に出ました。広大なJRの電車の操車場が広がっています。 上中里駅を通り越して本郷通りへの坂道を登り出すと右手が平塚神社の長い参道。入り口は本郷通りにあり、左前は古河庭園です。2017.01.31
平塚神社住所:北区上中里1丁目47−1

本郷通りに向かう馴染みの道の脇にこんな長い参道の神社が有るとは全く気が付きませんでした。長い参道は一部が駐車場になっていて時間貸しもしていました。

王子方面から来ると本郷に向かう道が古河庭園の前で右にカーブして駒込駅前にでます。上中里駅方向に向かう参道の先に社が見えてきました。

2017.01.31

平塚神社獅子山

社の前の狛犬は大きな岩の苦合わせの上に乗る獅子山でした。狛犬自体はそれ程多くはありません。危険を防ぐ為か、破損を防ぐために4隅に気が立って居て写真が良い位置で撮るのがなかなか難し状態です。こちらは右に置かれた狛犬です。私の好みでは顔の形が何処か犬のように見えてしまいました。奉納した人の名前はありましたが、年号や石工の名前は見つける事が出来ませんでした。2017.01.31

このように板が4隅に立って居るので写真を撮る事が出来ませんでした。神社創設の伝承に八幡太郎義家が出てくるようです。2017.01.31

左に置かれた獅子山の狛犬です、子供の狛犬が親に比べてかなり大き目です。こちらの狛犬も個人的には何処か犬に見えてしまいました。

今日はかなり歩いたので真っすぐ家に帰ることにして上中里駅に向かいました。2017.01.31

神社入り口の和菓子屋さん・平塚亭
神社の入り口に内田康夫の”浅見光彦シリーズ”に登場する地元の和菓子屋・平塚亭があったので立寄ってみました。時間が遅かったので豆大福は売り切れていました。2017.01.31 団子と一つだけ残っていた鶯大福を買いました。団子を口に入れてみました、柔らかくさっぱりした甘辛の味で旨いと思いました。そして勿体ぶらない店の雰囲気を好ましく思いました。2017.01.31

日比谷での映画”アイ・インザ・スカイ”を見るという事から始まった今回の狛犬巡りは、赤紙不動への再訪、子規の墓参りと想像以上の驚きを与えてくれました。驚きは旅の楽しさのエキスです。更におまけの景品のように内田康夫の”浅見光彦シリーズ”に出てくる平塚亭の団子まで味わうことが出来ました。静かな坂道の散歩は、遠くに旅すると同じ喜びを与えてくれたことになります。2017.01.31

02/05/2017
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