街の狛犬江戸の狛犬を訪ねて・台東区・小野照崎神社、三島神社 
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東京都北区小野照崎神社・狛犬・阿像明和元年(1764年・甲申)

友人の見舞いと快癒祈願を兼ねて台東区の神社を訪れました。江戸の狛犬が居る台東区根岸の小野照崎神社(オノテルサキ)と近くの三島神社を回りました。駅前の路地、静かな街並み、歩いていると懐かしさを感じる風景です。社は想像以上の荘厳な造りです、勿論町の人々の寄進で建てられ維持管理がされてきた神社らしい清々しさが感じられます。JR鶯谷駅から7〜8分程の近さです。2017.02.07

 
台東区・小野照崎神社

小野照崎神社住所:台東区下谷2丁目13−13−14。上野の山の崖にへばりつくような鶯谷駅の上野寄りの南口を出て左、坂道を下ります。写真は日暮里方面を望んでいます。所謂根岸の里に下っていきます。下りきると太い尾久橋通り、右に50m程昭和通り方面に向かい根津一丁目の信号を左折・一つ目の根津6丁目の信号を右折します。2017.02.07

渋い二階建ての家が見えてきます。更に進むと狛犬が置かれた鳥居が見えました。感じの良い街の中の神社です。狛犬は入り口の鳥居の脇と、拝殿の脇に江戸の狛犬の2対が置かれていました。
小野照崎神社鳥居脇の狛犬

通りから見える狛犬です。最初これだけかと思っていましので、随分新しい狛犬だったのかと誤解してしまいました。台座を探したのですが年代頭は見つけられませんでした。高い台座の上に置かれた迫力のある狛犬です。

 

こ美しい社殿と見惚れていました、多くの震災を免れた慶応二年に作れたものと書かれていました。謎の多い六歌仙の一人小野小町が孫であるという不確かな説もある、小野篁に由来する神社のようです。2017.02.07

小野照崎神社狛犬・阿像

堂々とした姿の大らかな狛犬に見えます。頭に擬宝珠と思われるものが付いていました。どっしりと構えた横綱のようにしっかりとした造りに見えました。狛犬の後ろに回り込む事が出来ないので、年号等は苦労してカメラだけを後ろに回し目見当で撮影しました。

阿像の擬宝珠状の飾りと吽像の二つになった角状の飾りの組み合わせは、年代がこれよりかなり古いのですが、外観が何処か品川神社の狛犬に似ているような気がします。

以下の文字と思われるものが彫られていました。多分石工の人々ではないかと推測しています。
棟梁 石屋長八 亀右エ門  x五郎(推測)

台座の右端に下記のように年号が彫られていました。
明和元 九月吉

 

左側の吽像と思われる狛犬の後ろから阿像を撮ろうとしましたが障害物が邪魔で近づけませんでした。

吽像の後ろから見ると確かに頭に二つに分かれた角と思われるものが見えました。後姿も堂々として良い狛犬を見る事が出来たと大満足です。

吽像の全面は冬の日差しを一杯に浴びています。どうも写真撮影がいい加減なのでこういう場合はお手上げです。それでも実物を目にしてこの狛犬が中々のものであると言う最初の感想は正しかったと思いました。やはり江戸の職人の仕事は手慣れているのか、安心して鑑賞することが出来ると思いました。

富士塚
拝殿の左に大きな小山があります。家に取り囲まれた街の中には、これ程自然の感じが残っているのは稀有な事です。

確かにこの富士塚は説明の通り雰囲気が整っていると思います。草木が適度に溶岩を覆って人工的な感じを消しているように見えます。これに匹敵する野趣に富んだものは富士塚は北区・十条の富士神社が思い出されます。良い富士塚を見る事が出来ました。

末社・稲荷神社と織姫神社
拝殿の左に小さな稲荷神社がありました。その狐が非常に美しくかつ神社には似つかわしく無いのではと心配になるほど艶めかしい姿に見えます。綺麗な台座には明治15年修成と書かれていました。狛犬はもう少し古いのかもしれません。江戸には腕の良い石工が沢山残っていたんだろうと推測しました。

この写真の通り左右に置かれています。右の狛犬が艶めかしいと思いました。共に体の線が柔らかく美しい狐の石像に出会えてラッキーでした。鳥居の左には織姫神社という洒落た石柱が立って居ます。二つが合祀されているのかもしれません。

末社三峰神社
境内に入るとすぐ左手に末社の三峰神社がありました。小さな鳥居と小さいながら造作が整った社です。秩父だとすると山犬か狼が置かれているようです。

三峰神社の脇に桜が薄い色を付けて咲いていました。花の絶えた冬の盛りには僅かな花でも鮮やかに見えます。

落語の登場人物を真似て一句、思わず「根岸の里のわび住まい」が口をついて出てしまいました。

薄桜根岸の里のわび住まい

近くの三島神社に行こうと金杉通りを歩いているとこちらにも小野照崎神社の入り口がありました。
台東区下谷・三島神社

三島神社住所:台東区下谷3丁目7−5。小野照崎神社から金杉通りを進んで5〜6分程で進行方向の右にありました。 金杉通りに面しています。

全体がコンパクトにまとまっていますが良い雰囲気の美しい神社です。参道の先の拝殿の前に大きな狛犬が見えました。
台東区・三島神社昭和29年の狛犬・阿像
高い台座の上に更に大きな狛犬が載っています。全体を見る事はかなり困難なようです。迫力のある右側の狛犬は阿像と推測されます。台座には昭和29年社殿を造営したと書かれています、多分その折に氏子の人が寄進したものと思われます。
台東区・三島神社昭和29年の狛犬・吽像

左側に置かれた狛犬で吽像と思われます。ハッキリしませんが頭の上に角のような形が彫られているように見えます。

牙も見える吽像も中々の迫力です。阿吽像を一緒に画面に納めようと思ったのですが動けるスペースがありませんでした。

社殿と吽像を一緒の画面に納めてみました。お参りを済ませて鶯谷駅に向かいがてら、途中子規庵に向かうことにします。

昔の人は色々な興味深い話を考えるものだと何時も感心してしまいます。この雷を閉じ込めたという井戸は確かにこの看板の先に蓋がしてありました。写真を撮るのを忘れてしまいました。

金杉通りをJR鶯谷駅に戻ります。日暮里駅側の北口に回り子規庵を目指します。

      台東区根岸・子規庵       前回
子規庵住所:台東区根岸2丁目5−11。広い尾竹橋通りから鶯谷駅北口に出て線路際を歩こうとしたら行き止まり、少し右にずれて言問い通りの陸橋下を潜りましたが道が分からなくなりました。2017.02.07 通りがかりの地元の人に教えられてたどり着きましら。前回は車を尾竹橋のパーキング入れて訪ねたのですがずっと分かりやすかったようです。2017.02.07
鶯谷駅周辺のホテル密集地帯を抜けてたどりつきました。15人ほどの団体の人がちょっと看板を読んで立ち去った後は人がいません。開けっ放しの引き戸の先を覗くと竹(シュロチクかもしれません)と赤い実を付けた万両の小鉢が見えました。
子規庵のブロック塀に張られた説明板です。田端・太龍寺のお墓の碑とほぼ同じことが書かれていました。
 
 
子規庵近隣の家にも俳句が張られていました。
子規庵のすぐ近くまでホテル街が押し寄せてきています。何とか町の人がせき止めてはいるのでしょうが大変な苦労だと思いました。
子規庵から20m程山側には広いJRの線路網が広がっています。
ホテル街を抜けて鶯谷駅に戻ってきました。折角入谷まで来たので立ち寄ってみた子規庵でしたが、猥雑な空間を生き帰りに通るのは結構草臥れます。これから友人の見舞いに出かける事にします。
 
02/10/2017
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