街の狛犬・埼玉県越生町と小川町の狛犬を訪ねて 村の狛犬を訪ねて 街の狛犬トップ

 

↑埼玉県越生町八幡神社の狛犬・元治2年(乙丑・1865年)・新吉原、尾張屋三平奉納

2016年3月22日、知合いの墓参に出掛けました。家人が秩父の豆腐料理店に是非行きたいというので、併せて狛犬を見ながら礼所を巡ることにしました。例の通りの目一杯のスケジュール、農産物の買い物から神社と仏閣を巡り心が爽やかです。途中満開の桜の花を目にすることが出来ました。2016.03.22

秩父への道の途中なので、鶴ヶ島市のJA農産物直売所に立ち寄りました。JA鶴ヶ島農産物直売センター・埼玉県 鶴ヶ島市大字高倉84-1 ・ TEL.049-285-3433・営業時間9:00〜17:00 ・金曜日定休。

こじんまりしていますが、それだけに買い物客は地元の人達がほとんど、新鮮さと価格については安心です。花卉の販売所もあります。家人は例のごとく新鮮で市価の半額近い安い野菜を見つけて俄然買い物が楽しくなったようで段ボール一箱程購入。花卉の販売所を訪れましたがまだ季節が早いようです。梅は終わったようですが、朝日が輝く青空の下、桜が咲いていました。幸先の良い春の知らせです。2016.03.22

津久根八幡神社
八幡神社住所: 埼玉県越生町津久根23

神社は越辺川の清流が流れる脇に静かにあります。入り口に猿田彦を祀る大きな石が立っています。静寂と凛とした澄んだ気配に満ちた気持ちの良い空間がそこにあります。

足を踏み入れると目の前に小型ながら整った姿の狛犬が鎮座していました。2016.03.22

 
越生町・津久根八幡神社の狛犬阿像・元治2年・1865年

江戸を離れた場所で中々目にできない江戸時代の狛犬のようです。小型ながら、素人の私にも違和感のない良い狛犬に見えました。石工と重たい石が揃わなければ製作が難しかった当時なので、江戸から遠いこの地に当時の狛犬があるのは珍しいと思いました。

右の狛犬、口を開いて足下に子供が彫られています。たぶん阿像なのかもしれません。

2016.03.22

 

元治二年と乙丑の文字が見えるようです。元治以外はっきりしませんが、”二”と”乙丑”らしき文字がみえるので、元治2年・1865年なのではないかと思われます。元治2年は旧5月から慶応に改元されたようです。

子供が足下に彫られています。

間違いない江戸の狛犬に巡り合うことができました。そして願主と彫られた新吉原・尾張屋三平の名前を見て江戸の狛犬がこの地にあることが納得できました。

偶然この尾張屋三平が埼玉県のホーム・ページに説明されているのを見つけました。この神社のある土地の出身者で中々興味深い人物だったようです。個人的には新吉原の文字から、白髭神社の吉原の松葉屋と八百善が奉納した狛犬をすぐに思い出しました。2016.03.22

幕末に活躍した、この津久根八幡神社のある旧津久根村出身。千葉周作道場で北辰一刀流を修行し、新吉原江戸町一丁目に「寒菊尾張」を開業。幕末の侠客・新門辰五郎と義兄弟の契りを結んだと言われている。【埼玉県ホーム・ページ掲載文章より抜粋】

*新吉原の有名な揚屋・尾張屋との関連は分かりませんでした。2016.03.22

越生町・津久根八幡神社の狛犬吽像・元治2年・1865年
左にある狛犬です。口を結んでいるので一応吽像としました。足下に玉を納めています。顔は私の見た多くの江戸の狛犬に似て親しみを感じる風貌に見えました。2016.03.22

背中の丸みや尻尾のカーブなど、彫や造形に違和感を感じさせない狛犬です。

春の日差しを浴びた狛犬の守る社には穏やかな気配が満ちていました。2016.03.22

津久根八幡神社の木彫

この辺りは江戸時代から木材の産地だったらしく、木彫の職人も居たのかもしれません、この社の飾りも大変手の込んだ細工が施されています。

奥社が付いていて、それにも美しい木彫が取り付けられています。鳥よけのネットで全体が覆われ、更に屋根が掛けられていました。氏子の人々に大切に守られているようです。2016.03.22
社入口の木彫です。2016.03.22
通りから春の日差しに包まれた穏やかな社を振り返りました。江戸の狛犬を見る事が出来て幸運でした。2016.03.22
神社の前にトサミズキと思われる黄色の花が満開です。黄色の菜の花が地面を覆っていました。これから小川町を通って秩父に向かいます。2016.03.22
県道30号線の啓翁桜

津久根八幡神社から小川町方面に向かって県道30号線にでます。僅かで左手に”武蔵の杜カントリークラブ”の入口、道路の左側斜面に赤紫の満開の桜が見えてきました。路肩に車を止めて写真を撮っている人が居たので私も車を降りました。

2016.03.22

その人は地元の方で、昨年は散ってしまった時に来たのだが今年は満開に当たったと話してくれました。

少し赤紫がかった花びら、多分啓翁桜と呼ばれる種類ではないかと思います。春の青空を背景に、華やかに春を告げてくれていました。2016.03.22

小川町・青山・氷川神社
青山・氷川神社住所:埼玉県小川町青山1312

小川町・青山・氷川神社・右側の狛犬・大正11年

ここまでにも狛犬の鎮座する神社は幾つかあったのですが、1時頃までに予約した長瀞町の豆腐料理店に行かなくてはなりません。今回は狛犬の神社は2か所で終わりにします。

江戸時代から和紙の産地として江戸の物語にも登場する小川町に初めて訪れました。車で通り過ぎただけですがなかなか趣のある街に見えました。

少し小型ですが彫の良い狛犬です。少し口を開いているので阿像と推測しました。2016.03.22

右の像から左の像を見ています。後ろ姿からも違和感のないバランスの取れた姿に見えます。
小川町・青山・氷川神社・左側の狛犬・大正11年

社の左に鎮座する狛犬です。今にも跳躍しそうな力感のある姿です。口をきつく結んでいるので吽像と推測されますが確かではありません。2016.03.22

台座には”伊勢神宮奉楽記念・大正拾壹年”の文字が刻まれています。2016.03.22
  社は小山の斜面にあります。かなり急な階段を上ると小川の街並みが望まれます。2016.03.22

生越から小川までは快適なドライブです。途中道路脇のJA農産物直売所で買い物をしました。

藤沢周平が描く小川町の江戸の話としては、紙問屋の新兵衛と同業者の妻との道行を描いた切ない物語の”海鳴り”が思い出されますが、ここでは”おさんが叫ぶ”がまさにぴったりです。

この小川から、人々の希望を託されて江戸の紙問屋に和紙の売り込みに来た”素朴な身なりりの三十近い”兼七”と、親類をたらいまわしにされて無口になった”おさん”、藤沢周平は二人の主人公を書いています。妻に先立たれて子供を残してきた小川村での兼七の生活と朴訥な心根がおさんの心を開かせることになります。口を聞かなかったおさんは”あなたの家につれていってください”と叫ぶのです。二人は小川村に旅立つことになります。

物語を読んでおくと登場する町に普通以上の親しみを感じてしまいます。次に来るときは小川の町を少し歩いてみようと思いました。

これから目的地である秩父長瀞方面を目指します。
03/24/2016
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