狛犬を訪ねてNo.11・ 那須町の狛犬@ A黒田原神社 
 

↑西白河郡西郷村・小田倉神社・自然石に彫られた狛犬・石工定吉・昭和25年

2016年11月31日、今年は仕事が例年以上に多忙で碌に年末の大掃除も出来ませんでした。街での緊張から逃れるために炬燵で寝正月をと村にやってきました。村に来れば元気が回復するらしく、炬燵から出て歳末の景色を、静かな村の社を回りながら見てみようと思ったりするのです。最初は、再度訪れたいと思っていた福島県西郷村の小田倉神社の自然石に彫られた狛犬です。2016.12.31

 
グーグル・マップ訪問地点明細(地図のポイント表示マークは色分けされています)
  各回のホーム・ページ見出し名一覧 実施期間
第1回 @関の城下町 A小峰城と金毘羅神社 B借宿・羽黒神社 2015.6.29〜30
第2回 @中島村周辺 B白河の関周辺 B浅川町周辺 2015.7.13〜14
第3回 @西郷村~白河市 A国津神社・羽黒神社 B鐘鋳神社と貫秀寺

2015.7.27~28

第4回 @白河市大信 A白河市近津神社他 B二つの角折神社

2015.8.17〜18

第5回 @西郷村4つの社 A石川町八幡神社他   2015.9.7〜8
第9回 @玉川村・田村市 A那須の狛犬・1 B那須の狛犬・2 2016.4.19
第10回 @白河市・棚倉町 A白河市・棚倉町   2016.12.5〜6
  第11回 @西郷村・那須町 A那須町黒田原神社   2016.12.31
西白河郡西郷村・小田倉神社  1回目

村に来ると何時も出かける”り菜庵”も30日で店じまい、買い物の楽しみがありません。朝起きると天気も良いようなので村の小さな社を訪れる事にしました。那須町に接する西郷村の大変ユニークな狛犬が見られる小田倉神社に行ってみる事にしました。2度目の訪問です。小田倉神社の住所:西白河郡西郷村小田倉山下1。2016.12.31

前面に川が流れ、裏は岩山というご神体だらけのローケーションがまず素晴らしい神社です。今回は天気が良いので那須山が見えるのではとやってきましたが、どうも位置が悪いらしく社からは見る事が叶いませんでした。神社には車が入れませんので、川に掛かる橋の横のスペースに邪魔にならないように止めさせて貰いました。橋から上流を見ると20m程先の左岸に神社が見えます。

小田倉神社・昭和25年・石工定吉吽像(右)

お目当ての自然石に彫られた狛犬です。右側に置かれていますが口を結んで牙らしきものを出している迫力十分の狛犬です。岩の高さは1m50cm程だとおもいます。

子供の居る狛犬もそれなりに良いのですが、少し見る人を意識して迎合するような気配を感じます。個人的にはこのような一直線の石像がどちらかというと好みなのです。何処の”定吉”という人がどこの石工の人かは知りませんが、この時代にはこのような石像を彫れる人が普通に居たのだと感心しています。石材の産地である白河近辺にはかなりの石工の人が居たようなのでその内の一人ではないかと推測しています。

ただあっさりと石工・定吉・彫と刻まれたシンプルな印が職人らしく私には好ましく感じます。

右の天然石の狛犬を少し下から見上げてみました。迫力と恐ろしい形相、爪を立てたかに見える手の恰好、社を守る狛犬に覚悟が現れた造形に見えました。天然石に彫るのは多分石が少し硬く制約もある事からかなり難しい作業ではなかったかと素人ながら推測しています。口をきつく結んだ吽像ではないかと思いました。白河周辺の狛犬ではしばしばみられるようですが、ここでも阿像と吽像が左右逆になっているようです。 2016.12.31

小田倉神社・昭和25年・石工定吉阿像(左)

社の後ろを塞ぐ大きな岩盤に彫られた左側の狛犬です。

どうも全体のバランスが悪いので、顎の部分から下が欠落したのではないかと推測しています。目ははっきりと分かります。

狛犬の上部には”天照皇大神宮”と彫られています。左右の顔はこの”天照皇大神宮”を護持するものを表しているように感じました。

かなり上に彫られていて、年号と石工の人の名前も見えるのですがはっきりとしません。この石工の人の名前は”尾x嘉助”のように見えます。

”天照皇大神宮”も定吉と言う人の彫った狛犬もかなり上なので作業もさぞかし楽ではなかったと思いました。2016.12.31。

地面にある自然石に彫られた右側の狛犬の右側には、小田倉神社を護持するのではないかと推測される像が彫られています。この像の左の凹凸の影が右側の狛犬です。2016.12.31

社の右側に境内がありますが後は岩が立ち上がっています。境内は左側の狛犬と”天照皇大神宮”、右側の天然石の狛犬に挟まれています。

社を右側から見ています。左の太い杉の木の脇の自然石の向こう側に狛犬が彫られています。

社の後ろに聳える岩盤の前には奉納された小さな石の社が並んでいます。それぞれに思いが込められたものでしょう、だるまさんが沢山並んでいました。

社の前の小さな流れは透き通っています。この辺りの水は田圃の水さえ透き通っています。

那須方面に戻る事にします。

那須側に戻ると左に茶臼岳・右に朝日岳が見えます。雪で覆われています。マウント・ジーンズ・スキー場の辺りが帯状に雪が見られます。人工降雪機で積もらせた雪でしょしょう。

 

この近くで豊原神社を探してうろうろしたのですが結局見つける事が出来ませんでした。昔の開拓地の場所らしく沢山の牧場が広がっていました。狭い道路を登っていくと那須山が目の前です。諦めて次に向かうことにしました。後から調べると全く違う場所を探していたようです。

黒田原神社に向かうことにして、途中歌舞伎煎餅のアウトレットに立ち寄ることにしました。他人の事は言えませんが、道路には多くの他府県ナンバーの車が走っていて那須街道に出ると結構混んでいました。

歌舞伎煎餅・瑞夢庵
広い駐車場に車は最初は私達だけでした。道楽でやっているような感じでおっとりしています。広い店内は歌舞伎煎餅だらけです。ちゃんとした製品は店の前部、壊れせんべいは奥に置いてあります。 休憩スペースがあってコーヒー等の飲み物が無料で飲むことが出来ます。私達はコヒーをいただきました。瑞夢庵住所:栃木県那須郡那須町高久甲5521−111
試食のケースが前に並んでいます。私達はもっぱら壊れせんべいです。これだけ買って¥2,000程度でした。
名前とパッケージだけ洒落ているという観光客目当ての商品も少なくありません。好き嫌いがあるでしょうか、ここは良心的な店だと思いました。

瀬縫の不動尊を探してうろうろしていると見慣れた景色が目に飛び込んできました。元禄2年(1689年)新暦6月3日・4日、芭蕉が高久覚左衛門宅に宿泊した”二宿の地”です。原街道を那須町の中心部に向かって進んでいたことになります。芭蕉の奥の細道の足跡を訪ねた懐かしい場所です。結局、今回の目的である不動尊は分かりませんでした。芭蕉由来の杜鵑の墓と高福寺については別ページの奥の細道を御高覧ください。

二宿の地:栃木県那須郡那須町高久甲878。芭蕉と曽良が那須湯本温泉に向かう途中2泊した高久家の左隣に立つ石碑が杜鵑の墓と呼ばれています。
     
高福寺は杜鵑の墓から300m程那須町の中心部に進んだ左側にあるお寺です。芭蕉と曽良の句碑や、宿泊した高久覚左衛門の墓碑などがあります。車を止めて懐かしく思いながら句碑を見ました。黒田原に向かうことにします。2016.12.31。高福寺・芭蕉と曽良の句碑
小島疱瘡神社

那須町では朝から神社を一つも見つける事が出来ません。カーナビに入れた順番に次の小島疱瘡神社を訪ねますが田圃の中の道にカーナビが連れて行きます。運良く犬の散歩の地元の人が通りがかったので聞いてみます多。4号線の際にある長楽寺と言うお寺の中にあると親切に由来と共に教えてくれました。長楽寺住所:栃木県那須郡那須町寺子丙1404。2016.12.31

4号線を白河方面に向かうと左側に長楽寺の大きな看板と鳥居がありました。お寺の境内に車を止めてお参りをしました。本堂の左奥にスペースがあって車が更に進めるようです。

本堂の脇を通り裏に出ると右が墓地になっています。車はここまで入れるようです。

杉木立の中の砂利道を進みます。2016.12.31

金剛力士像

石段の入り口に阿吽・一対の金剛力士像が置かれていました。迫力のある姿に見惚れてしまいます。

薄暗い木立の下で活き活きと躍動しているように見えました。高さは1m程の石像です。石工の名前を探しましたが見つける事は出来ませんでした。石像はこれだけで狛犬は居ませんでした。2016.12.31

社の上から金剛力士像を眺めています。入り口をしっかりと守っている姿にはやはり躍動感が感じられます。普通の石工の人が黙々と彫ったただの石像こそ私の好みなのです。近くの帰路だ原神社に向かうことにします。2016.12.31

 
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