狛犬を訪ねて№21・①白河市の狛犬  ②へ   

 

白河市関辺・稲荷神社・狛犬・昭和14年(1939年)・石工 三国次郎 禁・無断転載

グーグル・マップで幾つかの狛犬が奉納されている神社を見つけたので一日神社を巡る事にしました。一週間前に県境の村を訪ねているので野菜も今回はほどほどの買い出しで済むので若干の時間の余裕がありそうです。

主に白河市周辺の狛犬を訪ねてみましたがどれもが素晴らしい環境の神社でした、そして狛犬も良質な彫のものに出会う事が出来ました。もう白河周辺では狛犬を見つけられないだろうと思っていたので驚きです。最後には今回の最大の目的である野田平業の狛犬に出会うことになりますが、それは次回に掲載申し上げます。2018.05.28

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白河市狛犬一覧とマップはこちらです。

白河市・温泉八幡神社

温泉八幡神社住所:白河市板橋屋敷。

グーグル・マップに神社ははっきりと記載されていう上に、狛犬を確認することも出来ます。嬉しい事に大量生産の所謂岡崎式の狛犬ではありません(この辺りでは滅多に見る事が無いのは幸運です)。集落の中の道を進んでいくと簡単に鳥居と狛犬を見つける事が出来ました。道が狭く車は神社から30m程進むとごみ置き場の広場があり、市の清掃車が居たので断って止めさせて貰いました。すれ違い出来ない程の狭い道と農作業を考えると、駐車には十分に注意する必要がありそうです。2018.05.28

多分温泉八幡神社は”ゆぜんはちまん”と読むのではないかと思うのですが確かではありません。村社八幡神社の石柱が立っていたのでそれなりの社格の神社のようです。

鳥居は一部人家の敷地と入り込んでいるように見えます。2018.05.28

小山に続く参道も人家の敷地と畑に挟まれてかなり狭くなっています。二の鳥居が現れます、この辺りからは通常の石段の広さになりました。2018.05.28

 

見晴らしの良い境内には村社の社格らしいかなり大きな社殿がありました。静かな拝殿でお参りをさせて貰いました。2018.05.28

石の社殿が奉納されていました。

見晴らしの良い境内から長い参道の先に広がる集落の家並が見えます。

黄色の野草が咲いていました。

温泉八幡神社狛犬・昭和9年(1934年)・石工 三国岩次郎

通常の大きさの狛犬が奉納されていました。”伊勢参宮記念・板橋共栄会”の銘が彫られた約90年程前の狛犬です。

中々表情が豊かです。これを彫った石工の三国岩次郎は白河周辺でしばしば目にする人です。右に置かれた狛犬は口を開けている事から阿像と推測されます。2018.05.28

参道の左右は個人宅の敷地と畑なので後方から狛犬を撮りました。鳥居の前が道路です。2018.05.28

伊勢参宮記念・板橋共栄会 石工 三国岩次郎 の文字が見られます。この辺りは白河市板橋なので伊勢講の名前が板橋共栄会と思われます。又、石工の三国岩次郎はしばしば白河周辺の狛犬で目にする人なのでリストにしてみました。因みにこの狛犬は白河市・虚空蔵堂の狛犬に似た印象を持ちました。又”三国”姓の石工(白河天神)が見られるので親類縁者が親子関係なのかも知れないと思っています。2018.05.28

石工・三国岩次郎の狛犬
白河市 虚空蔵堂
白河市 三柱神社
西郷村 妙見神社
   

左に置かれた狛犬で口を閉じた吽像と思われます。

右足の意匠から、足下に玉が収められていたのかもしれません。震災や経年で破損しように見えます。三国岩次郎独特の目付きと表情が見て取れます。余り車を長く止めておくこともできないので駐車したごみ置き場のスペースまで戻る事にします。2018.05.28

 

道路脇の人家にニワフジの花が大量に咲いていました。

車を止めた場所から神社のある小山を見ています。水の張られた田んぼに山影が映っていました。

今日の狛犬巡りの出だしは極めて順調です、これほど簡単にたどり着けるとは思ってもいませんでした。次は芭蕉由来の関山の麓の神社です、グーグル・マップでも見当は付いたのですがハッキリした位置が分かりません。見つけるのに難儀をしそうな予感です。2018.05.28

白河市・熊野神社

南湖公園脇をを通る289号線を白河方面から来て右折、最初に関山の関辺からの登り口に向かいました。川の手前で右折道標を左折して細い道を関山の駐車場まで進みました(この時細い道に気を取られて狛犬と神社の前を通ったのですが全く気が付きませんでした)。

駐車場に止まって居た地元の人のような感じの人に稲荷神社を訪ねたのですが分からないとの事、諦めて川の手前の太い道まで戻り(この時も狛犬の前を通っているのですが気が付きませんでした)その道を進んで探したのですが見つかりません。通りがかりの人に聞いたのですがここには神社は無いとの事、仕方なく再度関山の駐車場に戻る事にしました。

因みに芭蕉が奥の細道の旅の折に関山万願寺に登っていますが、それはこの関辺からの道の反対側・南側の白河の関近くの村社・稲荷神社の道になります。2018.05.28

関山登山口への道標、左折します。駐車場へは僅かです。

山道に入ります、道路脇に狛犬が見えますが気付きませんでした。

集落を抜けて100m程進むと関山の駐車場です。

一輪車を押している農作業の地元の人に出会って訪ねてみました。駐車場の手前の左手に稲荷神社の石段があるとの事、狛犬が見られるかを訪ねると、有ると教えてくれました。その後驚く事に狛犬は右の熊野神社にもあると言うのです、狐に摘ままれたような話です。

期待しながら再度駐車場まで戻る事にします。この時も右の熊野神社の狛犬と左の稲荷神社の石段の前を通ったのですが、全く気が付きませんでした(昔から探し物が不得意なのですが)。駐車場に車を止めてから歩いて集落に向かって戻ってくると確かに狛犬がありました。2018.05.28

熊野神社住所:白河市関辺吉ケ沢。熊野神社は地図の稲荷神社の向かい側にありました。狛犬の置かれた辺りの斜面を登ったりしましたが現在神社はなくなってしまったようです。平らな昔の境内と思われる場所にこの奉納された石の小さな社が残っているだけでした。2018.05.28

白河市・熊野神社狛犬・昭和3年(1928年)・御大典記念

右に置かれた阿像、サイズは通常の大きさです。社はなくなっても奉納された狛犬だけがポツンと残っている異様な風景です。

個人的な感覚では奉納された狛犬は社あっての存在なのでしょうが、どこかご神体の役目を担っているように見えます。偉い狛犬です。

石工の名前は全ては判別できませんでした。個人的には顔の表情がどこか白河市鹿島神社の狛犬 の狛犬に似ているように感じました(単なる推測ですが)。2018.05.28

一面のおびただしい白いヒメジオンの花の中に狛犬は立っています。私はどこかに社があるのかと後ろの山の斜面を登ってみましたがそれらしいものは見当たりません。

そうするとこの小広い台地にかっては社が在ったのでしょう。2018.05.28

経年により石像はかなり摩耗しています。左の狛犬は子供が一緒に彫られた阿像のようです。2018.05.28
社のあったと思われる場所はヒメジオンの花が密生しています。社の有無を知らぬげに狛犬は野草の花であふれたかっての社のあった台地の入り口を守っているようです。2018.05.28

台座の文字もかなり剥離などが進んで一部読み取りにくくなっています。”御大典記念”と” 昭和3年”の文字は読むことが出来ます。昭和天皇即位のご大典が昭和3年・1928年で合っているようです。

残念ながら”石工”の文字は判読できるのですが、左側の名前は”石”らしい文字以外は読む事が出来ませんでした。

向かい合う稲荷神社の石段を登る事にします。2018.05.28

白河市・稲荷神社

関山・万願寺に向かう砂利道の右に熊野神社、左のこの稲荷神社が向かいあって鎮座しています。写真の右が関山駐車場になります。この石段が3度も車でその前を往復して見つかりませんでした。

深い緑の森と細い砂利道に気を奪われていたのと、何度か来た関山に神社があるとは想像もしていなかったからです。2018.05.28

濃い緑で覆われた稲荷神社の参道の入り口に狛犬が奉納されています。社は石段をかなり登った場所にあります、個人的には緑の参道を登るという行為を伴った神社への参拝を大変好ましく思っています。”登る”と言う行動には大袈裟ですが疑似的な異界への訪れを思わせるものがあります、神域の道具立てには最も適しているように思うのです。2018.05.28

白河市関辺・稲荷神社・狛犬・昭和14年(1939年)・石工 三国次郎

初めて目にするかなり風貌が異相に見える狛犬です。個々の彫はかなり腕の良い石工の人に見えますが目はあたかもゴーグルを掛けたかのように見えます。

開いた口の様相も生き物臭さを感じさせます。右に置かれた阿像と思われます。足下にはやはり迫力のある子供が彫られています。2018.05.28

 

 

 

 

山の斜面の石段が狭く足場が悪い為に吽像から阿像を写しました。これからもわかりますがかなり繊細な彫が施されているのが分かります。2018.05.28

左に置かれた吽像と思われます。籠彫りの変わった形状の玉が彫られています。はっきりしませんがこの形の玉を見たような記憶もあるのですが確かではありません。

彫はかなりの腕の冴えが見て取れますが、阿像に比べると顔の意匠が若干アンバランスな印象を受けます。2018.05.28

台座には”初老記念”の文字が奉納者の名前と共に彫られています。当時は数えの42歳(満40歳)の男性の大厄を記念したようでしばしば目にする文字です。昭和14年(1939年)に奉納されたようです。

この石工・三国次郎は白河市金屋町の虚空蔵堂の昭和11年(1936年)の狛犬の作者です。

石工の名前の”石工 三国次郎 ”に付いては今日最初に訪れた温泉八幡神社の”三国岩次郎”と極めて類似した名前です。ただ二つの狛犬は明らかに異なっているように見えます。

ただ、白河の狛犬の台座には時折この”三国”姓の石工の名前が見られる事から一部には親類縁者や親子関係があるのかもしれないと推測しています。2018.05.28

 

一の鳥居の辺りから狛犬を見下ろしています。写真の砂利道の右に熊野神社があり更に進むと関辺の集落になります。

左に進むと駐車場があり関山万願寺になります。2018.05.28

一の鳥居の近くの参道の両脇に奉納されている置物です。牛は天神様ではないかと思うのですが、確かではありません。更に稲荷神社なのに狐が見られません。そのような融通無碍な大らかさが人々の守る神社の良さかもしれません。

濃い緑で覆われた清々しい長い石段を登り拝殿にやって来ました。東海を避けるつっかいぼうが人々の神社らしくほのぼのとした印象を与えてくれます。清々しい緑の精気に満ちた神域の気配を胸一杯に吸い込んで深呼吸、そして参拝をさせてもらいました。

社殿の奥にご神体をまつってあるのか小さな社がありました。2018.05.28

狛犬が遥か下方に見えます、大袈裟ですが雲の上に登った気分です。冷気に満ちた緑の参道を下ります。2018.05.28

一の鳥居まで戻ってきました。これだけ緑と冷気に満ちた神域の中を上り下りすると尋常ではない場所を訪れた気分になります。

やはり街では味わう事が出来ない素晴らしい狛犬巡りです。

これから表郷の神社を訪ねるためにこの関山の反対側・南側の白河の関近くに道を取ります。2018.05.28

鬼渡神社

鬼渡神社住所:白河市表郷中野雷神山。表郷の神社を訪ねる途中、グーグル・マップで、随分変わった名前の神社だと思い訪ねる事にしました。マップでは狛犬の有無が見分けられませんでした。

白河の関から集落の中を抜けて、関山の芭蕉が辿った南側の登り口の途中にあります。

気分の良い静かな小さな社です。狛犬は見られませんでした、参詣をさせてもらいました。2018.05.28

 
美松製菓 福島工場

美松製菓 福島工場樹所:白河市表郷番沢上大7−1。羽黒山神社で野田平業の狛犬の年月日を確認したいと思い車で走っているとお馴染みの東京バームクーヘンの工場の前を通りました。

折角なので立ち寄って¥800程度の半分の量のバーム・クーヘンの切端を買い込みました。これだけでも十分糖尿病になりそうですが、大袋サイズは手にずっしりと重たくかなりの量が入っています。スカイ・ツリーのお土産に人気だと聞いた事があります(店は近くの向島です)、味は十分美味しいと思います。2018.05.28

2018年6月11日
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