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↑浅川町鐘鋳神社・小林和平・吽像の一部と高床式倉

この地の石工達の卓抜な技術と造形が生み出す石像群に圧倒されてしまいました。そしてその時の大きな感動がいつまでも残りました。野に立つ石像は長年の風雪にさらされ、石工たちが腕をふるった彫り跡が掠れてきています、追い打ちを掛けるように今回の大震災で多くが打倒されました。神々への感謝の気持ちを、普通の人々の寄進によって形にしたこれらの石像のそれが運命だったのでしょう。そこに暮らす人々が守ってきた鎮守様であったからこそ石工達のこのような創作が許されたとも言えるかもしれません。野にある石像郡のエネルギーに圧倒された旅でした。 2015.07.27

 
グーグル・マップ訪問地点明細(地図のポイント表示マークは色分けされています)
  各回のホーム・ページ見出し名一覧 実施期間
第1回 @関の城下町 A小峰城と金毘羅神社 B借宿・羽黒神社 2015.6.29〜30
第2回 @中島村周辺 B白河の関周辺 B浅川町周辺 2015.7.13〜14
第3回 @西郷村~白河市 A国津神社・羽黒神社 B鐘鋳神社と貫秀寺

2015.7.27~28

第4回 @白河市大信 A白河市近津神社他 B二つの角折神社

2015.8.17〜18

第5回 @西郷村4つの社 A石川町八幡神社他 B小松布孝と小林和平 2015.9.7〜8
第6回 @西郷村から白河市 A白河大信から天栄村 B浅川町 C棚倉町 2015.9.28〜9
浅川町・貫秀寺

2015年7月28日、白河市国津神社・羽黒神社と巡ってから浅川町の貫秀寺にやって来ました。2度目にして場所が分かりました。境内にあるお堂の名前の小貫薬師堂とも呼ばれているようです。

カーナビに入れる住所:福島県石川郡浅川町小貫宿ノ内63 。県道277号線の脇に即身仏の標識が出ていました。前回も見た記憶があるのですがまさか探している貫秀寺とは思わず引返してしまいました。私は羽黒神社から来たのでこの看板を右に見て左折しました。集落の中の道をまっすぐ進み150m程も行ったでしょうか、右手に貫秀寺の駐車場が見えました。

車を止めてお寺を訪ねる事にします。山門の横に”宥貞”とう僧侶の即身仏の説明がありました。深川の永代寺の住職を務めたとあり親近感を覚えました。深川は芭蕉と江戸の物語の町です、何度も訪れているので永代寺も知っています。2015.07.28

2015.07.28

小貫薬師堂が山門から真っすぐ墓地に向かうと見えてきます。多分ここに即身仏が安置されているのではないかと思います。お堂の前で手を合せました。

お堂から左奥を見ると見るからに特異なお墓が見えます。2015.07.28

鈴木家の墓

大きなお墓が墓地の左奥に見えました。墓地の外から手を合わせて拝観の許しを願います。

素晴らしい彫物が周囲を飾っていました。小松布孝(寅吉)の銘が無いそうですが、作者と推定されているようです。

この彫は白河市羽黒神社の松平定信歌碑の柵を思わせます。
 

かなり背の高い花瓶と花の彫物です。

この意匠は白河市聯芳寺の鈴木寛治氏のお墓を連想させます。

大きな墓を取り囲む塀には隙間なく彫物がされています。一つ一つの彫は全て緩みの無い高い完成度です。小松布孝の塀は、このお墓も、羽黒神社の松平定信歌碑の柵も表と裏の図柄が異なる事に驚かされます。
 
細かな彫が一面に施されています。寅吉はこれ程の細かい細工を苦も無く、まるんで楽しんでいるように奔放な絵柄を彫り込んでいます。
 
裏と表の彫が異なっています。2015.07.28
   

次の目的地に向かうべく山門に戻ります。静かな境内に鎮座する六地蔵が見送ってくれました。

県道277号線を右に、鐘鋳神社に向かいます。途中右手に過日訪れた春日神社が右手に見えます。2015.07.27
 
棚倉町・鐘鋳神社

一度では見つけられないと思いながら県道277号線を走って集落に入ると偶然狛犬の案内標識が目に入りました。好運に恵まれたようであっけなく心待ちにしていた神社に到着しました。車は神社の際に止めさせてもらいました。辺りは鎮守の森が覆い、静寂と木漏れ日に溢れる心地よい神域でした。本殿で頭を垂れ柏手を打ちました。

カーナビに入れる住所は東白川郡棚倉町一色カナイ神(家内神)181-183・もし入らない場合は東白川郡棚倉町一色ニシキ牧。県道277号線が集落の中で90度近く曲がります。その左(以下、貫秀寺・白河方面から来た場合)に親切にも確りとした看板が立っていました。集落の方の庭に入るような道を進みます。辺りは田圃、右手に林が見えます。50m程で 分岐、林の方向・右方向に進む。道端右端に馬頭観音石碑、右方向20m程の林の中の道脇に神秘的な神社はあります。農道なので農作業の邪魔にならないように止める必要があるでしょう。2015.07.28

鐘鋳神社、春日神社、貫秀寺は県道277号線で繋がれ、自転車なら行けない距離ではないほど隣接しています。前は大変分かりにくかったようですが、県道277号の通る”一色”と言う集落の90度の曲がりさえ分かれば容易に辿りつけます。

周りは殆どが田圃で、集落は277号の脇に所々あるだけです。地図の各部にはリンクが張られていますので、クリックしていただくと説明部分がご覧になれます。2015.07.28

鐘鋳神社の入口
277号線の一色鐘鋳神社狛犬入口看板。約300m先が神社です。 集落の方の庭の中に入るような道を入って行きます。農作業の邪魔にならないように注意が必要なようです。 一面の田圃、右に森を目指します。森が凹んだカーブのあたりに馬頭観音石碑、右に林の中に入ると神社が見えます。
鐘鋳神社・小林和平狛犬・阿像

苔むした小林和平の狛犬と念願の対面です。右側に鎮座する阿像です。

東日本大震災の被害も軽微だったように見えます。やはり素晴らしい狛犬でした。ただ鎮座するだけの石像ではなく、語り掛けてくる・見る者からも語りかける、そのようなささやかな交流が生まれる作品に感じました。それはこの神社の素晴らしい風景が有ってこそかもしれません。2015.07.28

   

阿像の殆どが苔で覆われています。この鎮守の森と一体となった生き物のように見えました。台座に石工 小林和平と刻まれていました。

鐘鋳神社・小林和平狛犬・吽像
吽像は細い足を突っ張っている子供の狛犬がユーモラスです。表情は猛々しさより人なっこい印象を受けます。
 
彫り込まれた小さな石片状の部分は雲を表しているのでしょうか。やはり私には神社を守護する姿もさることながら、親近感を強く感じました。2015.07.28
 

神社境内の左に異様な建物が目を惹きます。説明文を読んで納得しました。

地域の人々が神事を、そしてこの神社を守って来た様子が推測されます。今まで訪れた神社も氏子の人々の信仰心や絆があってこのような素晴らしい環境が維持されていると改めて思いました。

高床式の建物は畳4枚ほどの床面積に見えます。太いわらの筵で囲まれていました。神事を行うにふさわしい風格を感じさせてくれます。

 

神社の本殿から鳥居と狛犬を見ています。寄進された石燈篭や石塔が一体となって神域を形作っています。
 
鳥居の前に巨木が2本、数々の石塔群。冷気さえ漂う森の中の神社、舞台装置が過不足なく配置されていました。
 
神社の前の道を最後まで歩いてみました。森が途切れて田圃に出ました。森の木々が振りまいてくれる心地よい木漏れ日の中に神社が見えてきました。小高い岡の代わりに森が神社を守っているようです。極めて贅沢な場所に立てた好運に感謝しながら県境の村に戻る事にしました。2015.07.28
 
感忠銘

 

 

県境の村への帰路、11号線の左側に感忠明と呼ばれる石壁があります(住所:白河市大搦目)。木陰に車を止めて一休み。上の画像をクリックすると説明板のPDFが開きます。  
 
村の夕焼け

村に帰って日暮れまで草むしりと畑仕事に汗を流しました。

神社を巡り心の澱を洗い流した爽やかな心持に満たされています、村の空に広がる夕焼け雲をみて更に満足感を覚えました。左に月も登っています。狛犬巡りの御褒美に思えました。そして赤く染まった雲は小松寅吉の作る摩訶不思議な狛犬の姿にも見えました。高原の村は夜に入れば猛暑は嘘のように静まり冷気が身を包んでくれます。明日からは街での油断のならない生活が待ち構えています。2015.07.28

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