↑石川町・長福院の小松布孝毘沙門天像・大正2年作品

9月7日、今日は村の知り合いの方と我が家で昼食をとることになっています。朝9時30分に合わせて白河市JAり菜で野菜を買い込みます。県境の村への帰路妙見神社を訪ねてみました。

翌9月8日、昨夜来から降り続く雨は朝になっても止む気配がありません。 白河市借宿の農産物直売所で買い物をするので、石川町まで足を延ばしてみようと出かけました。今回は県境の村の知り合いの人が同行することになりました。道に迷うことはなさそうです。県境の村からの途中、西白河郡西郷村で狛犬を見る事にしました。国道4号線を北へと進み県境の峠を越えます。2015.09.08

グーグル・マップ訪問地点明細(地図のポイント表示マークは色分けされています)
  各回のホーム・ページ見出し名一覧 実施期間
第1回 @関の城下町 A小峰城と金毘羅神社 B借宿・羽黒神社 2015.6.29〜30
第2回 @中島村周辺 B白河の関周辺 B浅川町周辺 2015.7.13〜14
第3回 @西郷村~白河市 A国津神社・羽黒神社 B鐘鋳神社と貫秀寺

2015.7.27~28

第4回 @白河市大信 A白河市近津神社他 B二つの角折神社

2015.8.17〜18

第5回 @西郷村4つの社 A石川町八幡神社他 B小松布孝と小林和平 2015.9.7〜8
第6回 @西郷村から白河市 A白河大信から天栄村 B浅川町 C棚倉町 2015.9.28〜9

西白河郡中島村・川田神社・小松布孝狛犬明治25年(1893年) 1回目

県境の村の友人に見せようと、白河市・借宿のJA細倉直売所に向かう道から少しそれて中島村にやってきました。既に借宿の布孝(寅吉)の定信歌碑の柵、狛犬を見ているので2回目の対面のようです。2015.09.08

川田神社の住所:西白河郡中島村川原田上町63(川原田ふれあいセンターの住所)、地図は1回目の訪問のページに載っています。

雨に濡れた狛犬は又迫力が増したようです。最初の訪問では興奮して見落としましたが、吽像には2頭の子供が彫られているのに気が付きました。地元の人を余所者が案内するのは不思議な気がします。目的地の石川町までの途中に寅吉と和平の狛犬を案内しようと計画しています。 2015.09.08

白河市村社国津神社・梅沢敬明作狛犬・昭和25年作 第一回目
かなり大きな梅沢敬明作狛犬・阿像

国津神社の住所:白河市東深仁井田陣ケ平74。

振り止まない雨に濡れた狛犬はどこか活き活きとしているようです。存在感の高い石像だと思います。

 

かなり大きな梅沢敬明作狛犬・吽像

やはり特異な狛犬です。小松寅吉の作品の中には奔放な感じのものがありますが、これもエネルギーに漲る狛犬に見えます。

家人はこの狛犬を高く評価しているようです。

狛犬の前に栗が沢山落ちていました。拾っている形跡がないので少しだけ神社巡りの御利益と持ち帰らせてもらいました。

家に帰って食べましたが大変美味しい栗でした。良い思い出が出来ました。2015.09.08。

石川町・赤羽八幡神社・小林和平狛犬 昭和22年

赤羽八幡神社の住所:石川郡石川町赤羽浦25。県道11号線の石川方面に向かって左側、道路の脇に鳥居が見えます。大変見つけやすく、境内には駐車場がありました。

小林和平阿像・昭和22年

活き活きとした目が特徴的です。牙を剥きだして訪れる人を威嚇しています。個人的には和平の狛犬はどこか、表情は猛々しくても、優しい印象を持ってしまいます。

参波打つ毛の彫り等はさすが和平で見る事が楽しくなる彫の確かさだと思いました。2015.09.08

石工・小林和平と昭和22年の年号が彫られていました。
小林和平吽像・昭和22年

つぶらな目がどこか愛嬌を感じてしまいます。子供があらぬ方向を向いているのが如何にも、幼子の気持ちが表現されているように思います。子供の瞳も大きくそして澄んでいるように見えてしまいます。2015.09.08

綺麗な境内には滑り台がありました。人々の暮らしの中にある社はとても親しみを感じます。豪奢な社よりこのような社殿が肌に合うようです。鈴を鳴らしてお参りをしました。2015.09.08

石川町・長福院・小松布孝・毘沙門天像

 

長福院の住所:石川郡石川町沢井大池下84。白河方面から11号線を石川町方面に向かった場合、この住所のあたりで直進石川町、左泉崎・137号線の道路看板が出てきます。そして100m程先に信号が見えると思います。まさにその場所の道路右手の小山に細い未舗装の道が左に向かって登っています。それが長福院の道です。私もまさかと思い近くの家で聞いて分かりました。果たして行けるかと思うような細い道を車で登ると普通の家の庭の中に入っていきます。どうもそこがお寺でした。

顔を出した方にお参りをさせてくださいと断りを言って車を止めて左手のお墓の方に向かいました。今まで狛犬を訪ねて回った神社・お寺のなかで個人的には最も気に入った場所でした。虚構や威厳やありがたみを取り去った爽やかな祈りの場所に思えます、そしてそれは摩訶不思議な空間です。

杜の中の舞台に立つ役者のように3体の石像が起立していました。真打の毘沙門天像が小松布孝の石像のようです。これから芝居の一幕が始まるように石像には動きが感じられました。雨が落ちる中、見とれてしまいました。2015.09.08

毘沙門の前の石像

毘沙門天を守護するような位置に立つ石像です。気品と彫の確かさから作りがどうも普通の石像には見えません。

高さは1mを少し超える程度だと記憶しています。確か、この石像に彫られていた文字がこれだと思います(小松布孝の石像だったかもしれません、はっきりません。機会があったら確認したいと思います)。小松布孝の文字とは異なっているように見えます。2015.09.08

小松布孝毘沙門天像

小松布孝の確認できる最後の石像だそうです。名前が”小松孝布”と彫られています。色々の想像を掻き立ててる名前です。

三叉槍を左手に持ち辺りを睥睨する雄姿で、薄暗い森の中に立っているのはそれだけで十分の存在感があります。

大正2年の年号と発起人の名前が刻まれていました。左端に見える名前は小林和平と読めるような気がします。
長福寺の扁額を探しましたが見当たりません。この木の板が下がっていました。如何にも生活とともにあるお寺の趣があります。
お寺の前に脈絡もなくスイカやナスが置かれていました。多分畑の収穫物なのだと思われます。本来のお寺の姿を見たような気がして思わず良いなと思いました。王子八幡に向かう事にします。小林和平の在所の中に近づいていきます。2015.09.08
王子八幡神社・小林和平狛犬

王子八幡神社の住所:石川郡石川町王子平384 。

11号線を石川に向かっていると、同乗の村の知り合いが通り過ぎた左側に神社が有ったと言うのです。

寄ってみようとUターンして田圃の道を進むとそれが目指す王子八幡神社でした。勘と目の良い同乗者に何度か今回は助けられました。石段と鳥居、それを守るように小林和平の狛犬が迎えてくれました。小林和平の家はこの近くであったようです。車は神社前の道路に出来るだけ邪魔にならないように止めさせてもらいました。 2015.09.08

王子八幡神社・小林和平の阿像

随分デザインが洗練された狛犬に見えます。雲の形や、ボタンと推測される花弁がせりあがったような並び方のバランスと形に見惚れてしまいます。

確か年号と和平の名前を探したと思うのですが、記憶にも記録にも残っていませんでした。 2015.09.08

阿像の後ろ姿です。毛並みの緩やかな鬣が違和感なく下に流れて伸びています。

田圃は既に色付いて実りの秋がやってきたようです。

王子八幡神社・小林和平の吽像

2頭のじゃれあう子供の姿が石像に動きと物語を与えているようです。語り掛ける和平の狛犬にしばし時を忘れて見つめてしまいました。 2015.09.08

 

体全体の丸みと後ろに蹴上げた足が、空を飛ぶ姿に現実感を加えているように感じました。風船のように飛んでいる狛犬が目に見えるようです。 2015.09.08

 

何の遠慮もなくジャラジャラと鈴を鳴らしてお参りをしました。
社から眼下にこの神社が守る集落が望まれます。前の道を左に進むと今訪れた古峯神社、右に進むとこれから訪れる小田倉神社になります。3つの神社はほぼ同じ道の脇にあることになります。 2015.09.08
道路から参道と小林和平の狛犬を見ています。 狛犬の右に立つ大きな泉重左衛門の像には、彫刻小林和平。石垣石工遠藤秀一と刻まれているようですが見つけられませんでした。
社まで登ってきました。眼下には実りの秋を迎えた田圃が一面に広がっています。思い切り鈴を鳴らしてお参りをしました。 2015.09.08

落ちない神社と書かれた看板が下にもありましたが、社の左にもありました。

あの震災で岩の上に乗った石の社が落ちなかったことに引っ掛けたようです。同行の県境の村の人の話では議員がお参りをすると言っていましたが真偽のほどは分かりません。

石段を下っています。眼下には色付いた田圃、その前の左右の道路が11号線です。右が白河方面、左が石川町方面になります。これから左、石川町に向かう事にします。2015.09.08
 
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