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村を歩く 村での暮らし 村の温泉 山を歩く 街歩きと暮らし 別冊・奥の細道 HPの始まり

 

村を歩く新潟から庄内温海温泉・酒田①新潟から温海温泉 ②鶴岡から酒田
 
白山島
ルート・マップ

26日、温海温泉を出て芭蕉の痕跡を辿りながら酒田まで北上します。天気は良いようですが風が吹き募る一日になりそうです。海岸線を走る事が多いので風の影響は避けれそうにありません。

温海温泉で芭蕉の供養碑と宿泊地を見ます。海岸線に出て立岩三瀬等”奥の細道”に出てくる地名を辿りながら酒田の日和山公園までの道になります。芭蕉と曾良の辿った道を逆に走る道です。

途中JA鶴岡の農産物直売場で地元の野菜を買い込むことも旅の大きな目的です。好ましい庄内の地でどのような思い出を作る事が出来るか・・・

温海温泉を出発します。。撮影日2013.03.25

温海温泉たちばな屋旅館
夕食献立

インターネットから予約したのですが,その価格が信じられないほど安価でした。友人に聞くとたちばな屋は万国屋と共に温海温泉で特に良い宿だと聞いていたのでそれほど期待もせずに来てみました。

鍋と肉が食べたくないと言う事と量が多くは要らない、それで値段が安価と言う事から選ぶと冬季だけと思われる梅プラン(多分一番下のクラスだと思います)という信じられないものがありました。到着して驚いた事はその豪華なたたずまいと至れり尽くせりのサービス。料理が美味しくて、家人などは食べきれなかったほどの量でした。撮影日2013.03.25

夕食

夕食はこれだけでも申し訳ないと思っているのに、席に座ると仲居さんが丁寧に火を付け、時間を見計らってお刺身、そして茶碗蒸し、まだ何か出てきた気がしますが覚えきれません。家人の残した分もなんとか食べましたが、久しぶりに暴食してしまいました。味も素材のうまみを生かした薄味で大変美味でした。部屋にも内風呂が付いていました。

露天風呂これは露天風呂です。シャンプーとリンスが別になっていたりとアメニテイーにも心使いが感つばきじられます。春遠い雪国でも露天風呂の横で椿が咲いていました。温泉の湯の落ちる音以外聞こえない静寂を楽しんでいます。まさに至福の一時です。撮影日2013.03.25
朝食献立

朝食もこの他に仲居さんが何かを出してくれましたが余り多かったので忘れてしまいました。板前さんが卵焼きを作って出してくれたのですが、暖かく薄味で大変美味しいものでした。

他にバイキング形式でサラダや飲み物が出ていますが私にはとても食べきれません。料理の味付けも気に入りました、さらに仲居さんの気配りも至れり尽くせりです。多分、いつも貧しい旅行をしているから恥ずかしい程感激しているのかもしれませんが(普通の旅ではこのような待遇なのかもしれないとも思いました)、宿泊代から考えると申し訳ない程のサービスでした。撮影日2013.03.26

 

朝食

温海川たちばな屋を含めて庄内では異なる宿に3回泊りましたが、どこでも同じように実のあるもてなしを受けました。庄内の旅を好ましく感じるのは、昔の日本にはあった静かなもてなしが私には大きな安らぎになるようです。

たちばな屋の前を温海川が流れています。まだ雪代の水が入っていないようでさらさらと日本海を目指して流れ下ります。駐車場から車を運んで荷物を積み込みます。これから芭蕉の碑を訪ね、酒田へ向かいます。撮影日2013.03.26

温海温泉芭蕉供養塔
芭蕉宿泊地跡

芭蕉地図曽良旅日記・元禄2年・1689年8月11~12日(新暦)

○廿六日晴れ。大山立。酒田ヨリ浜中ヘ五リ近し。浜中ヨリ大山ヘ三リ近し。大山ヨリ三瀬ヘ三里十六丁、難所也。三瀬ヨリ温海ヘ三リ近し。小波渡・大波渡・潟苔沢ノ辺ニ鬼かけ橋・立岩、色々ノ岩組景地有。未ノ尅、温海ニ着。鈴木所左衛門(惣左エ門)宅ニ宿。弥三良添状有。少手前ヨリ小雨ス。及暮、大雨。夜中、不止。

○廿七日雨止。温海立。翁ハ馬ニテ直ニ鼠ヶ関被趣。予ハ湯本ヘ立寄、見物シテ行。半道計ノ山ノ奥也。今日モ折々小雨ス。及暮、中村ニ宿ス。

芭蕉と曾良は新暦8月11日酒田を出て温海に向かいます。温海市街地の下記の写真の鈴木所左衛門(正しくは惣左エ門)宅に一泊します。私はまさにその逆を車で酒田まで走りましたが、結構な距離がありました。途中、三瀬(さんぜ)立岩など曾良の旅日記に出てくる芭蕉の足跡の地名を見て大いに感激しました。

温海での芭蕉の宿泊地を示す柱が立つのは7号線に並行する旧道になります。喧騒は既に昔日のものとなり、静かな通りです。バイクが無造作に止められているのが如何にも過ぎた年月の遠い事を思わせます。

たちばな屋から歩くと20分程、風が強かったので車で寄りました。上部が少し崩れたかなり古い芭蕉供養碑が熊野神社参道の途中にありました。各地で和算の扁額をみたり、芭蕉をしたう碑をみると既に江戸から遠い地にも文化が一般の人々の間にも広く伝播していた証に見えました。乱暴に言えば、日本各地で既に文明開化の準備は整っていたのではないかと思えるのです。

熊野神社の境内から温海温泉を望みます。左奥の大きな建物が万国屋でたちばな屋は多分その陰になっていると思われます。

熊野神社の一部はバラ園になっているようです。4月1日から温泉街で恒例の朝市が始まるようですので、そのころになれば散歩がてら歩いて訪れるのも一興でしょう。尚、芭蕉宿泊地は目印がありません。温海温泉からは高速道路の下をくぐり、更に羽越線の鉄橋をくぐったらすぐ信号のない交差点を右折して800メートルほどでしょうか。撮影日2013.03.26

鶴岡市立岩
立岩次回の庄内の旅では湯の浜温泉に泊まりたいと思っているので7号線を走り更に海岸の道へと左折しました。7号線走行中に大きな岩が見えて来たので広場に車を入れてみました。壁に遮られて殆ど見えません。代わりに強大なテトラポットの製造を見ることが出来ました。 ブロック上からセメントを流し込んで固めているようですが、その大きさに度肝を抜かれてしまいました。どこかロボットのような形に見えます。
立岩
立岩

更に7号線を進むと道路のすぐ横に立岩(案内板でしったのですが)が見えてきました。芭蕉と曾良が見た景色とそれ程違ってはいないでしょう。

強風で岩に当たった波が波頭を空に吹きあげていました。この先にはアジア大陸があるのです。海が遠い旅への道だった時代は、日本海こそが日本文化や生活・風習形成の主役だったのでしょう。

立岩
この辺りはバスの停留場になっているようです。7号線には駐車場がなかったので広くなったところで写真を撮っていたらバスが侵入してきました。あわてて7号線に戻りました。
立岩

暫く行った7号線横の広場に車を止めて過ぎて来た立岩を振り返ります。なにか、芭蕉・曾良とすれ違ってきたような想像をしてしまいました。奥の細道を辿る度ではしばしば楽しむ事の出来る極めて幸せな錯覚です。営業しているのか分かりませんが海底温泉なる建物が建っています。かなり広いスペースです。

撮影日2013.03.26

鶴岡市・白山島

白山島

7号線から湯の浜温泉への印が出て来たので左折して海岸沿いの道に出ます。更に白山島の標識、何気なく曲がっていくと大きな駐車場があって眼前に島が見えてきました。下調べのメモ帳を見るとその名前が出ていました。鶴岡市由良温泉にあるらしく、海水浴場もあるようです。そしてこのJR羽越線の三瀬駅(さんぜ)が最寄駅、芭蕉たちがこの辺りを通った可能性が高いと思われます。芭蕉の見た景色と同じものを見ることが出来ることは陸奥の旅の大きな喜びです。

鶴岡市観光連盟の記事を掲載しました。

由良海岸のシンボル「白山島」は、火山性噴火によってできたといわれ、高さ70m、周囲436mの小島。島を周遊する散策路も整備されている。夏の夜にはライトアップされ、美しい景観を醸しだしています。と書かれています。顔を上げるのも大変でしたが赤い橋を渡って島に行ってみました。確かに渡りきった橋の際に小さな囲いがあって釣り堀と書かれていました。

白山島
白山島島を渡ったのですが散策をする気にもなりません。強風に吹きまくられて大急ぎで戻ります。雲の多い空にカモメが集まっています。砂浜で餌をやっている人が居ました。カモメの大群はまるでヒッチ・コックの映画のようでした。撮影日2013.03.26
26日朝温海温泉を出発、芭蕉の足跡を見て海岸線を走ります。湯の浜温泉まではまだありそうなので、鶴岡市内に戻りながらJA鶴岡直売所を3軒梯子をして地元の野菜類を買います。JA鶴岡産直館白山店が最も野菜が多かったので地元の豆類・野菜を購入しました。呆れるほどの川幅を持つ最上川を渡り酒田市に到着。丁度昼食時間なのでラーメンを食べる事にしました。撮影日2013.03.26
酒田ラーメン・新月
ラーメン

 

山形県はラーメンの消費量日本一だと聞きました。酒田にはかなりのラーメン店があるようです。最初”満月”と言う店にと思い訪ねると生憎定休日、それなら”新月”に行こうとカーナビにセットします。

面白い事に”三日月軒”と言う店もあるようで月に因んだ店名が揃っています。美味しいと言うワンタン・ラーメンを食べました。味はあっさりしていて大変美味しかったです。所謂懐かしい昔ながらのラーメンの味です。油でごまかしたようなラーメンは好みではないので地元の味としては美味しくかつ楽しい経験でした。住所:山形県酒田市こあら2-6-3・電話0234-26-0141

7号線に湯殿山ICが積雪の為滑り止めが必要との表示が出ています。あまりのんびりも出来なと酒田を早目に出ることにして山居倉庫を訪ねます。撮影日2013.03.26

ラーメン
山居(さんきょ)倉庫
山居倉庫
山居倉庫 山居倉庫
山居倉庫倉庫は格別に見るものもないので入り口近くの物産店に入ってみました。加藤家のお雛様という展示会が行われていました。見るからに着せられている着物が古い時代のものに見えます。地元の人がひっきりなしに訪れる隣の農産物直売処に行ってみました。鶴岡で既に買ってしまったので山芋だけを買いました。

海の方向に進むと運河が見えてきました。橋の架け替え工事に見える工事現場の先に写真で見た屋根が見えてきました。入り口に売店のような感じがしたので、なにか土産物屋の建物で本物の山居(さんきょ)倉庫だと思えませんでした。駐車場の人に聞いたらこれが本物の山井居倉庫だと教えてくれました。何処か新しそうな気がするのは、明治26年旧藩主・酒井家(鶴岡の庄内藩主)によって建てられた米の保管倉庫で現在も使用されている現役だそうです。管理が行われているので屋根や壁も大変綺麗な理由が分かりました。住所:酒田市山居町一丁目1-8、駐車場は無料です。

日和山公園

日和山公園街を抜けて坂道を上ると公園がありました。左に公園の駐車場、右に日枝神社でしょうか。昔、船頭がこの山から日和や風向きを観察したことからの名前と書いてありました。公園には西回り航路で庄内米を江戸に運んだ千石船・北前船の2分の一の縮尺模型船が展示されていました。日本海から江戸まで積み荷を積んで航行した船にしては随分小さなものだと当時の船頭たちの勇気に感嘆しました。現在あちらこちらが工事中で船が浮かべてあったであろう処も水が抜かれていました。 住所:酒田市南新町1-10 駐車場無料

日和山公園

200年以上たった石碑にしては文字の経年摩耗などが見られず大変綺麗な状態で残っていたものです。

日和山公園
日和山公園には2か所の無料駐車場がありましたが上の駐車場の近くに芭蕉銅像と石碑がありました。冬季の為工事中でしたが、工事の人に許しをもらって見させてもらいました。やはり親切な方で、私もその方も場所が分からなかったのですが、一緒に探してくれたのです。”あつみ山や吹浦かけてゆふ涼”のこの句碑は1788年に建てられたとするとかなり古いものになるのでしょう。芭蕉が亡くなったのは元禄7年・1694年です。
日和山公園 日和山公園
日和山公園

名前に公園が付いていたので、極く新しいもので、昔からの遺跡とは知らずに立寄りました。木造の灯台を見て風車の修理中の物なのかなどと思って、芭蕉関係以外ほとんど関心もなく見ないで帰ってしまいました。その時は、向かいの日枝神社の方が見たかったくらいでした。まことに残念な事をしました。日和山 風も強くあちらこちらを見るのも辛い気分です。湯殿山の雪の事を考えると夕方の凍結が心配です。早目に帰路につく事にして最後に酒田の魚介を見ることにしました。

港の近くに魚屋さんが集まっているらしいので大急ぎで立ち寄ってみました。この上に海鮮丼・とびしまがあるのですが今は改装中で休みです。

中の魚屋さんを見ましたがそれ程欲しいものが無かったので、もう一つの店で酒粕を買いました。

山形自動車道・湯殿山IC
幾つかトンネルをくぐりながら登っていきます。かなり長いトンネルもあります。
山形道の湯殿山ICに近づくほどに雪が降りかけてきました。道路にも僅かに積雪が見られます。冬に逆戻りです。
道路から見ると雪の斜面に雪崩の跡が見えます。前を走るのは庄内交通のバスなので雪道の運転なら任せて大丈夫だと追い抜かずに後を付いていくことにしました。
街では桜を愛でて出てきたのですが、まるでそれが夢のように思える雪道です。早く帰ってきてよかったと思いました。この区間は山形道が一部途切れて入れ一般道を走る箇所です。僅かで月山ICに付きます。

いつも通りのせわしない旅になりました。旅が終わってみればやはり庄内は良いところです。中でもあつみ温泉たちばな屋の素晴らしさに感動しています。友達に会えば話して、その時の楽しい思い出を引っ張り出しています。

私にとって庄内への旅は芭蕉の跡をたどる事が縦糸、風情が横糸となりいつも楽しい思い出が作れるのです。1,050キロのドライブも全く苦になりません。この雪道はもう少しで終わるでしょう。

03/15/2015
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Copyright (C) Oct. 10,2007 Oozora.All Right Reserved. 03/15/2015 更新
酒田市白山島