紅葉の月山・その②頂上へ その①へ その③へ

仏生池の無人小屋です。頂上との中間点あたりに小さな池があり、今は水が豊富に溢れています。綺麗なトイレも完備していて快適な小屋です。辺りは森林限界を抜けたようで瓦礫の道が続きます。それだけに見晴らしが素晴らしいのです。

上を見て下を見て空を見上げてでは歩行が遅々としたものになります。小雨がぱらついてきたので小屋に入りレイン・ウエアーを取り出しました。ここで後から登山者が一人登って来ました、それと入れ替わりに私は外に出て歩き出しました。2009.09.28

弥陀ヶ原から仏生池へ

弥陀ヶ原からは道が小灌木の林の中に入っていきます。両側にはナナカマドの赤い実が一杯です。木々の葉は紅くそして黄金色に輝いています。緑色の笹が彩りを添えて飽きることがありません。

木々の塊が緑の笹の海に島となって浮かんでいるような景色です。雄大で変化に富んだ美はいつまで見ていても退屈しません。

小灌木の中を抜け出ると眼前が開けます。地図から判断すると『一の岳』かと思われます。

景色に目を奪われて立ち止っているばかりです。感嘆の声を上げながら散策を続けます。

仏生池と呼ばれる池は月山への登りが始まるあたりにあります。このような高地にしては、水量も豊かで昔は貴重な飲料水にもなったのではないでしょうか。

無人の小屋は大変きれいです。小屋の横には快適なトイレが付属しています。小屋の前にお墓らしきものが立っていました。池に手を合わせます。オモワシ山1828メートルの山に向かって登りだします。

行者返しと書かれた標識のある岩のごろごろした坂道に現れてきます。『役(えん)の行者』が修行未熟の為に引返したと説明がありますが、僅かな上り坂に対してなんとも大層な物語です。信仰の旅でのつれづれに誰が言い出したのでしょうか

途中の岩穴には『来名戸神社』が祭られています。随所に山岳信仰由来の標識があります。

まことに気持ちの良い笹原の高原地帯です。笹の原はまるで海のように見えます。ぽつぽつと散らばる木々の紅葉の塊はまるで大海原に浮かぶ赤い小島のようです。

後方の山は鳥海山でしょうか。確かではありません。

  石塊の横たわる見通しの良い道に出ました。気持ちの良い場所です。写真の右下一杯に紅葉の景色が広がっています。

色の複雑な組み合わせが景色に躍動感を与えています。そしてその広大な事・・・。緑の笹原、黄色と紅の木々の葉、大小の池、ごろごろと転がる石くれ、漠然とした配置が心を和ませてくれます。

植木屋さんが計算しつくして配置した神社の見事な紅葉もそれはそれで良いのでしょうが、私には足を運んだ人にしかその扉を開かないあるがままの自然の美しさにより大きな感動を覚えます。

雪深い月山の木々は雪と風の為に枝を倒しながら生きています。雪の冬をやり過ごす北国の生活のような気がします。
月山頂上

頂上が近いらしい。きれいな石畳の道が続く。頂上の月山神社の神域に入ったのかもしれない。

夏は草花が咲いているのでは思います。丁寧に土壌が流れ出さないように工夫がされています。季節には密かに咲く高山植物の豊富な領域なのでしょう。

頂上の建物が見えてきました。月山神社と思われます。神社の斜面一杯に木イチゴが実っていました。含むと酸っぱさが口中に広がります。

月山神社から、登ってきた弥陀ヶ原方面を望む。頂上の周辺は小雨がぱらついています。尾根には雲が巻いているようです。街を出てから雨が心配でした、頂上までなんとか体が塗れるほどの雨が降らなかった事に感謝になくてはなりません。

頂上には月山神社があります。雨が落ちています。お祈りを済ませてからゆっくりと朝食をとろうと小屋の入口を開けようとしますが既に冬籠りのようです。頑丈な戸締りがされています。少し下にもしゃれた小屋があったので下ってみました。きれいなイレだけは開いていましたが小屋はやはりぴったりと閉じられています。仕方なく神社の一画の軒下をかりて雨を避けながら朝食をとります。

仏生池で行きあった人が登ってきました。雨の為にすぐに下って行ったようです。芭蕉も清冽な山々を前にして、頭を垂れて祈ったひっそりとした神域です。

頂上の一部は立ち入り禁止を書かれていたので神社から覗き込みました。多分三山信仰の特別な神域なのでしょう。雨ではのんびりと景色を楽しむ事もできません。

この後、出来れば羽黒山を訪れ、温泉に入り午後一時までに鶴岡に行かなくてはならないために30分ほどの朝食後AM9:05に頂上を後にします。2009.09.28

・2・
06/12/2020
Copyright (C) Oct. 10,2007 Oozora.All Right Reserved.
本日カウント数-
昨日カウント数-