藤沢周平『白き瓶』の舞台・子規庵を根岸に尋ねる  
車を駐車した尾久橋通りに建つ小さな看板です
長塚節生家の書院に飾られていた長塚節の写真

白き瓶の重要な舞台がこの子規庵です。病と借財に苦しむ節の中で最も楽しげな時代のようです。師の子規の情愛に包まれて同じ短歌の世界に足を踏み入れたのです。

藤沢周平の描く節は、子規のお気に入りの弟子で、師弟の関係は伊藤左千夫に「理想的愛子」と嫌味を言われる程のものでした。私には節の在るがままの(ほぼ生まれたままの純粋性を保ったとでも言えるのでしょうか)心を、勿論歌への熱意とそれを叶えるだけの才能も、子規が好んだように思えるのです。

長塚節は明治33年(1900年)3月28日、22歳の時、十分な下調べの後、半紙を切って作った手書きの名刺を持って子規を訪ねるのです。1902年子規の死により僅か2年余りで終わります。子規庵の現在の住所は東京都台東区根岸2-5-11。私の子規庵訪問は小説の『白き瓶』に惹かれたもので、その物語を更に深く反芻する楽しみの為のものでした。2010.1.26

子規庵は尾久橋通り・尾竹橋通り・言問通りの合流するあたりにあります。昭和通・明治通という幹線道路が近いのですが、エアー・ポケットのように静かな一角です。

JR鶯谷駅から5分ほど、なんともあからさまな欲望の街がすぐ近くまで迫ってきています。左が鶯谷駅、手前が日暮里駅方面です。

子規庵のブロック塀に張られた説明文や俳句の類です。今回は仕事の途中車で立ち寄ったので、長く駐車することが出来ず、子規庵内部には入る事が叶いませんでした。

パーキング・メーターで止められる一杯の時間を使って、丁寧で親切な案内を読み、近くを歩いて藤沢周平『白き瓶』に書かれた長塚節の心を反芻しながら考えてみました。

この辺りは根岸の人々が子規の町として守っているようです。俳句や説明はこの通りの家の壁のあちらこちらで見ることが出来ます。鶯谷駅から子規庵を過ぎて路地を日暮里方面に向かいます。

尾久橋通りにでると江戸時代から知られた豆腐料理の店「笹乃雪」があります。

俳句の弟子である虚子の文章から、長塚節や伊藤左千夫が子規庵を訪れた様子が想像されます。

古い地図から想像すると、ここに来るときは日暮里方面から来たようです。虚子の文のごとく、昔の引き戸の入り口には真鍮製の鈴が付いていたことを思い出しました。

このような些細な事実が物語の背景をよりリアルなものにしてくれるのです。

子規庵の壁に貼られていた再現された古地図です。この通りがうぐいす横丁。子規は最初、現在の子規庵より少し北、日暮里駅寄りに住んでいて引っ越した様子が説明文に見られます。
子規旧宅

現在の子規庵から数十メートル離れた子規の旧宅の家のおたくの壁に貼られた説明文と俳句です。そこには根津2丁目6の標識があります。

うぐいす横丁

鴬谷駅の景色を如何にも醜悪なものにしているけばけばしいホテル街の外れに子規庵があります。漱石が、鴎外が訪れた子規庵の現状です。

このような設備に対して今まで行政がのんき過ぎたと思わざるを得ません。多くの人々の胸をうった物語の生まれた地を泥にまみれる事を、市井の人々の力だけで押しとどめるのは不可能でしょう。むき出しの欲望の地の絶滅を言うのではないのですが、住み分ける法律の適用は出来ないものなのでしょうか。

うぐいす横丁を北に、日暮里方面へとたどります。欲望の地の一角が遠ざかり落ち着いた町が続きます。それでも子規庵が見えるこの左側の家は、風流な人々が住んだと言われる日暮里界隈でも大変贅沢な家なのです。なんとその隣まで派手なホテルが迫っています。贅を尽くした板戸に俳句が張られていました。私にはそれが押し寄せる醜悪な手から町を守るお守りに見えました。

パーキング・メーターの関係でおちおちとみている事もできません。次回来る事があれば電車で日暮里で降り、羽二重団子でも食べながらと思っています。今回は節が、伊藤左千夫が100年以上昔歩いた姿を思いながら散策をしてみました。

書道博物館の前の子規庵、隣の昔風のアパートは遠からず建て替えられるのではないでしょうか。その時跡地がどうなるのか心配です。

子規庵に出入りしていた頃の物語が『白き瓶』の中で最も心安らかに読める部分だと思うのです。父・源次郎の政治道楽の果ての借財に苦しみながらも大きな子規の翼で守られるようにして、示された一本の道を目指す節が描かれています。それだけに私は長塚節が短歌会に通った子規庵を一度見てみたかったのです。

長塚節の生家を訪ね、子規庵を訪ね、『白き瓶』は更に私の中で物語が膨らみを増してきたようです。今では、もし機会があれば伊藤左千夫の生家も訪ねてみたいと思っているのです。2010.1.26

02/09/2017

子規庵引き戸・長塚節、伊藤左千夫が師の子規を訪ねて戸をあけます。病の子規の咳が聞こえます。

 

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正岡子規記念球場
2回目の子規庵