市川房綱と山浦影国の2将を配しています。文中から理解するに指呼の間にある白河城とあわせて15,000の兵を伏せたと思われます。 *後日関山に登った折に満願寺にある説明碑文に、古道は南側の稲荷神社がある道であったと記載されていました。芭蕉がそこから登ったとも書かれていました。上杉軍の話は芭蕉以前の物語です、もしかしたら南にある古道から登ったのかもしれません。ちなみに此処に書かれた関辺の道は北側になります。調べてから誤りがあれば訂正いたしますが、この道が今最も頻繁に利用されていますので、密謀の地を訪ねる道としては一番の選択であろうとは思います。
*後日関山に登った折に満願寺にある説明碑文に、古道は南側の稲荷神社がある道であったと記載されていました。芭蕉がそこから登ったとも書かれていました。上杉軍の話は芭蕉以前の物語です、もしかしたら南にある古道から登ったのかもしれません。ちなみに此処に書かれた関辺の道は北側になります。調べてから誤りがあれば訂正いたしますが、この道が今最も頻繁に利用されていますので、密謀の地を訪ねる道としては一番の選択であろうとは思います。
芭蕉は奥の細道でこの関山に登り満願寺に参拝しています。
関山は国道289号を少し入ったところに入り口があります。白河市街から289号を10分も車で走ると標識があります。右折します。この街道は棚倉を経て海へ抜ける重要な道路です。棚倉から水戸にも通じています。289号線から山に向かって3分ほどで入り口の標識があります(左上の写真)。そこを右折。
石灯籠と赤いのぼり(上の集落の写真の左の場所と同じ)、遠くから見えるこのぼりはまるで上杉軍の旗に見えました。登山口への道端に長さ7〜8メートルのウメモドキの生垣がありました。生垣に使われたウメモドキを初めて見ました。透明な秋空から差す強い日差しに赤い実が、さらに赤味をまして輝いています。