私は探偵の目を持つ旅人では有りません。この旅は歴史的事実との差異を調べるものではありません。できうれば直江兼続に従う小者として共にこの地を駆ける、そんな心持で歩きながら物語の中に身を置きたいと思いました。
小さな旅を終わって藤沢周平が十分こねて作り出した物語が立体的、現実的な姿で私の前に出現する幸せにめぐり合えました。尋ねる観光客も居ないごく普通の村々。そこに立って思うのは、直江兼続も見たであろう昔からの生活が変化しながらも静かにしかし着々と続けられて来たに違いないということです。訪れる人もまれな静寂の空間に立つと、村の出入り口に立つ路傍の幾多の石像にも愛着の目が向きます。神社仏閣を回って自らの素直な心を見た後の爽快な感覚、そして物語を確かに体感する幸せおも与えてくれた誠実な作者に、感謝する気持ちがあふれきています。