墨東綺譚・新潮社 ![]() |
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新潮文庫・墨東綺譚 永井荷風 |
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玉の井が舞台であることはうすうす知っていましたが、それがどこにあるかも知りませんでした(もっとも知りたいとも思いませんでした)。何度か東向島駅(旧玉ノ井駅)周辺を歩いたにも関わら気づきもしませんでした。読後に分かったことですが、まさか隅田川七福神巡りで尋ねた東向島から鐘ヶ淵駅周辺がその舞台だとは思いもよらない事でした。 軽い気持ちで単行本を買いに本屋に行ってみました、多分売ってはいないと思いながら尋ねるとあるとの事。その値段に驚かされました税別¥430との事、信じられない話です。出版社は全てがビジネスだけではないとの建前は理解できましたがその矜恃に大いに感じ入りました。更に奥付きには令和2年の87版と書かれているのを見て今でも読もうと思う人が居ることにも大いに驚かされました。尤も私も既に30回以上読みましたが其の度に新しい感動に出会っているところです。勧めてくれた後輩には大いに感謝しなくてはなりません。 更に物語をより深く楽しむ為にはその舞台を訪ねることが私には大きな助けになります。道を辿りながらお雪さんと荷風の姿がかなりリアルに目の前に浮かんでくるような嬉しい錯覚を楽しむ事ができるでしょう。10月4日、その地の情報をかなり集めたので出かけてみることにしました。 *”P”と記載したものはこの文庫本中に記載されたページに記載された内容です。尚、物語の中の町の様子は戦災等で跡形も無く消えたようですが、路地の痕跡を探しながら素人の推測を楽しんでみました。多くの見当違いがあるかも知れませんことをお許しください。 *物語に書かれた主人公の名は”大江匡”、それは巡査の検問で印鑑証明と戸籍抄本で確認されたとも書かれています。読者である私には作者・永井荷風自身と思った方が物語の内容に違和感を感じずより強い印象を残してくれるので勝手ながら文中では”主人公”と”荷風”が混雑して書いてあります。
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墨東綺譚マップ 当日墨東綺譚の単行本を持って物語に登場する舞台を尋ねました。東向島駅からの物語の舞台のそれぞれの距離は私の距離感よりかなり短く錯綜する路地と相まって何度か目的地を通り過ぎていました。
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願満稲荷の説明版 |
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それを参考にさせて貰いましたが画像が小さくかなり汚れていので一部を拡大して写しました。願満稲荷社の参拝は②に掲載申し上げます。 |
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物語の舞台への道筋は色々考えられますが、私は文庫本のP21に書かれた道を探しながら辿ってみることにしました。主人公が初めてお雪さんに出会った6月のある夕方の道のりを出来る限りなぞってみることにしようと思います。P30に”実地の遭遇を潤色せずに、そのまま記述し、作為も無い”と書かれているも大きな力となります。 その日、荷風(主人公・大江匡)は雷門から”寺島玉の井行き”のバスに乗ることが出来ました。バスは隅田川を吾妻橋で超え、源森橋を渡り秋葉神社の前を抜けて踏切の前で止まります。主人公はそこで降りてみることにします。 私もできる限りそのルートを辿ってみることにしました。バスは墨東綺譚に書かれていると推定される道を辿る金町行・都バス(路線番号・草37)に乗りました。ルートは・浅草雷門⇒吾妻橋⇒源森橋⇒秋葉神社⇒東向島広小路 荷風が書いたと言う地図のお雪と主人公の物語の主たる舞台の部分を拡大して写しました。判じ物と思ってご覧ください。 ①上部の鉄道線路は東武伊勢崎線・当時の玉ノ井駅は画面左側にあります。②お雪さんの家は”ドブ”と書かれた上部に描かれた”橋”の右上に有る二つの”□□”が縦に並んだ辺りと推定されます。P25に”溝にかかった小橋をわたり”と書かれています。③左に縦書きで”賑本通り”の文字の少し上部の角(右下)がポストと推定されます。その路地を右に辿ると玉ノ井稲荷の卍の印が見られます。
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浅草へ |
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地下鉄銀座線で浅草の一つ手前の田原町で降りて合羽橋商店街で買い物をしなくてはなりません。中々すりおろせなくなってきた”おろし金”を買おうと思い商店街入口の”ニイミ”に立ち寄りました。昔は、私の好みのおろし金の本職の人達が使用するもっと頑丈な物が売られていたのですが、この町でも本職の人より素人用の道具類が多くなり辛うじてニイミで少し華奢なものが売られているだけになりました。 |
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コロナ・ウイルスの影響か人の列が商店街には見られませんでした。
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残念ながら一ケ月後に久し振りに昼食をと思い訪ねましたが工事中で店が閉まっていました。
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バスで渡る吾妻橋方向にスカイツリーが姿を表してくれました。
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明治通りと水戸街道の交差点近くのバス停・東向島広小路で降車しました。
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秋葉神社の停留所では数人の人がバスを降りていきました。
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秋葉神社は2016年4月12日に狛犬を見に訪れています。その折の画像を掲載しました。
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交差点から見える東武伊勢崎の高架橋がかっては踏切だったのではと推測しています。私は6号線を高架橋を目指して歩くことにしました。いよいよ主人公の言うラビラント(迷宮)への旅の始まりです。P21では車が線路の踏切でとまります。主人公はここでバスを降りてみると白髭橋から亀戸への広い道が交差していると書かれています。 |
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もしかすると、この日、踏切で待つ主人公が目にしていたかもしれないと思いました。
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旧玉ノ井の南側に沿って続く改正道路と言われていた6号線・水戸街道から左、東向島駅に向かい道を進みました。駅に隣接する東武博物館にはかって走っていた電車が展示されていました。
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いよいよ今日の目的地が近くなりました。
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この駅前通りには”東向島いき通り(博物館通り)”と名付けられているようです。少し前の東京の人にとっては最もグレードの高い誉め言葉”いき”を使用して居るのは少し自画自賛の気もしますが、微笑ましくも感じます。
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主人公は、このここに有った土手の上の京成玉ノ井駅跡で家々に明りが灯るまで辺り風景を見渡していたと書いています。
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これも全くの素人の推測ですが、荷風の書いた地図と言われるものにこの辺りに”古田金物店”の名が見られます。もしかすると現在の古田衣料品店は何か関連があるのではと思いました(全くの的外れかもしれません)。
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お雪さんの家はこの辺りではなかろうかと静かな路地で目を瞑って物語の情景を浮かべてみました。
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路地の道にはかっての溝の痕跡を思わせる下水路にかかるマンホールが見られます。 |
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賑本通りを東向島駅方向を写しています。右に曲がる道はかって縁日には大いに賑わった玉ノ井稲荷になります。 主人公が玉ノ井を訪れた6月のある夕方、俄かに物の怪が荒れ狂うように強い風が吹き雨が降りかかります。主人公は写真右手の辺りの(路地口にある)ポストの傍のタバコ屋で釣銭を待っていました。 突風が路地を吹き荒れ雷雨が降りかかる中、主人公は持って来た傘を差します。広げた傘の中に髪結いから出てきたお雪さんが”檀那、そこまで入れってよ”と白い首を入れてきました。二人の絵にかいたようなドラマチックな出会いです(微塵も嘘事には感じません)。 物語からの素人の個人的な推測を心行くまで楽しんでいます。お雪さんの家までの雨の中でのこの辺りからの道順は距離から考えると、今歩いて来た道を逆に戻る事になりそうですが、この賑本通り((現在はそのように呼ばれていないかもしれません))を125m程進んでから右に曲がって路地伝いに溝に掛かる橋を渡ったのではと思いました。今日、2度目になりますがその推測の道を再度進んでみました。あたかも傘を差しながら進むお雪さんとその後を追う主人公の背中が見えるようです。 |
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もしかするともう少し賑本通りを五差路方向に進んでから路地に入ったのかもしれませんが、全くの個人的な推測をあれこれ楽しんでいます。
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訪れるまでは、戦災で全てが灰燼に帰した町で果たして墨東綺譚の物語を反芻しながらより深くその中に浸ることが出来るかと案じながら浅草からバスに乗りました。思ってもいなかった細い路地の道は静寂に満ち、何処に行きつくかが見通せないまさにラビラント(迷宮)を存分に感じさせてくれました。荷風の描いて見せてくれた物語は私の胸にあたかも現実の如く感じさせてくれる散策となりました。荷風の描くお雪さんとの物語の一端を存分に体感することができたので願満稲荷社と玉ノ井稲荷を参拝して今日の旅を終わりとすることにしました。
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11/18/2022
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