芭蕉が城下を訪れた元禄二年は松平直矩(なおのり)15万石の時代です。城下からは石垣と、阿武隈川から引き水されたもっと大きな掘で護られた大きな城が望まれたと思います。現在の城は、戊辰戦争で消失した城の一部・天守閣を新しく再建したものです。旗宿から陸奥に入って初めての城下町、白河に入り中町に立ち寄ります。白河藩士の俳人・可伝(かうん)との邂逅がなかった事が(須賀川でその存在を知ったとも言われているようですが、それなら何故可伝は7泊もした芭蕉を須賀川に訪ねなかったのでしょうか)、憧れの歌枕のこの地での滞在が一日で終わった理由かもしれません。因みに、松平直矩(なおのり)は『大和守日記』の著者であり、自らも諸芸に堪能であったそうです。
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旧暦
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新暦
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場所
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4月20日
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6月7日
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朝8時に那須湯本を出立。芦野の遊行柳を見、境の明神から白河の関に出る。旗宿に泊まる。 |
4月21緋 |
6月8日 |
白河の古関を探す。関山・満願寺に登り参拝、後、白河城下の中町・左五左衛門に立ち寄る。矢吹に泊まる。 |
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もし奥の細道で白河を訪れたら、中町(市役所のあたりです)で、野村屋のキャンデー、白十字のラーメンをお試しください。
日本蕎麦では”吉田屋”がお勧めです。東京の蕎麦を食べている方でも決してがっかりしないと思います。ここの蕎麦は地方都市の昼食としては少し高目なようですが、それでも地元の人で何時も一杯です。左写真の天ぷらセイロは¥1,400位ですが海老2匹を含めて多量の天ぷら(お二人の場合は一つは普通のモリ蕎麦で天ぷらは十分だと思います)が乗っています。何時もは5段に重なった吉田屋で人気のそば(名前は失念しました)を食べます。多分¥900位でした。
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 これらは地元の人が食事をする場所、観光客用ではないのも旅の楽しみになると思います。全てJR白河駅(新幹線の新白河からは普通電車で)から徒歩で行ける場所にあります。駐車場もそろっています。ここに書いた店の味については、多くの店が腕を競っている東京の基準で考えないで下さい。街道沿いのどこにでもある画一的なサービスと味ではない、その土地を感じられる味と言う事とご理解下さい。因みに、中町を含めて市街地の中心道路が旧奥州街道です、僅かの区間に二つの食い違いがあります。裏通りはなお複雑な道ですので、車で細い路地に入ることはかなり危険です。
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