土手のジョギング・隅田川・浅草まで@ Aへ  Bへ
隅田川のジョギング・浅草まで・岩淵水門の桜の木下での朝食

隅田川浅草マップ

2月終わりの強風の中で無理をしたせいか、3月に入り膝・腰・大腿が痛くなり暫くジョギングを休まざるを得なくなりました。お医者さんからの運動の許可が出て3回程土手をジョギングしただけで隅田川の桜の季節を迎える事になりました。随分迷ったのですが、今回は無理をしない事を最大の目的として隅田川入り口の水門から海までと約10km程距離を短くしてスタートしました。結局浅草近くで今回の傷みと関連の無い左の膝が若干痛くなり、大事をとって浅草でジョギングを切り上げる事にしました。お陰で帰宅後現在まで格別傷みも感じないので良い決断だと今では自画自賛しているところです。散策等の距離を入れて約20km程をジョギングし歩いた事になりました。

最後の墨堤の桜を除いて、地元の方が散策に訪れながら桜を見ると言う静かな場所に咲く花を見ながらのジョギングは、何時もながらどんな些細な事でも心に残る密度の高いものとなりました。大きな思い出が心に残る細やかな出来事を一つやり遂げる事ができました。2024.04.08

2024年4月8日・隅田川ジョギング・浅草までの画像アルバム

2024年4月8日・隅田川・浅草まで・・の掲載画像アルバムは左記の画像をクリックしてご覧いただけます。スライド等の設定やサウンド付きの設定も可能です。

2024.04.08

 

隅田川のジョギング掲載リスト
◎中仙道から隅田川のジョギング掲載リスト
2024年4月8日・隅田川を浅草まで @ A B
2023年中仙道から海まで・隅田川物見遊山のジョギング @ A B
2022年3月28日中仙道から海まで @ A B
2021年3月29日中仙道から海まで @ A B C D
2020年3月16日中仙道から海まで @ A B
2019年4月1日中仙道から深川まで @ A
2018年3月27日中仙道から海まで・桜巡り @ A B C
2017年3月28日中仙道から浅草 @ A B
@深川まで @T A深川まで AU  B海まで @T C海まで AU
2015年3月30日◎荒川のジョギング 中仙道から海まで
@  A  B

隅田川を中山道から海までのジョギングのの掲載リストです。体調不良で途中で中断したジョギングも掲載いたしております。

2024.04.08

秩父山脈から流れ下って来た荒川が東京都北区の岩淵水門で荒川放水路と隅田川に分岐されます。今回の出発点は隅田川の始まる岩淵水門にしました。

水門の土手に咲く桜が満開の時を迎えています。土手で出会う殆どの人達が地元の方々で、正に暮らしの中に静かに咲く桜の道を歩いたりジョギングしたりしている長閑な空間が広大に広がっている場所です。

尚左図は水門に立つ説明版に加筆しました。上端矢印の赤羽駅から隅田和沿いの東京らしい町並を歩いて八雲神社で参拝の後、白矢印で記した隅田川添いの道を辿る事にしました。

2024.04.08

6:08・未だ人影がまばらな赤羽駅西口からいよいよ隅田川の散策に出発です。久しぶりに目にした赤羽駅前は少しよそ行きの整った街並みに変わっているように見えます。最もこれが時代の流れであり、早朝ゆえの静かさかもしれません。

2024.04.08

 

辻稲荷大明神

東京都北区岩淵町16−5。

未だ車の姿が少ない122号を横切り志茂旧道を隅田川を目指して進みます。人々の暮らしの温もりが漂う隅田川沿いの町の佇まいを感じる心地よい道を進んでいると右手に辻稲荷大明神が祀られていました。
2024.04.08

無機質なビルが見えない心地よい町の中の道はやっと車がすれ違える程家が建て並んでいました。お風呂屋さんの煙突まで現れてすっかり出だしの散策を楽しむ事が出来ました。2024.04.08

隅田川が近くなりました、通り過ぎてきた志茂旧道を振り返ってみました。このような街並みが私の心には馴染むようで出だしの緊張感を大いに慰めてもらうことが出来ました。

2024.04.08

岩淵八雲神社

6:21・岩淵八雲神社:北区岩淵町22−21。道がもうすぐ川に突き当たる辺りで右に神社の境内があります。境内の中には狛犬が見えます。ジョギングの旅が無事終わるようにお祈りさせて貰うことにしました。

境内に足を踏み入れると、前に訪れた神社ではないかと思えてきました。家に帰って調べてみると記憶通りでした。2017年3月28日、隅田川のジョギング・中仙道から浅草までの物見遊山(T)で訪れていた事を思い出しました。偶然にもやはり足腰を痛めた後のジョギングで浅草で終了したことも同じ原因と結果でした。

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2024.04.08

神社に立つ説明版にこの地は日光おなり街道の一番目の宿場町・岩淵宿と書かれていました。

赤羽周辺の御成り街道で見応えのある狛犬を見た事を思い出しました。かってはあの御成り街道がこの地に通じているのです。上野の山から続く御成り街道の道がかなりはっきりと見えてきました。確かにこの土手には岩淵の渡船場跡の案内版があります。

2024.04.08

春霞でもかかった早朝の境内に一本の桜が花を咲かせてくれていました。

2024.04.08

拝殿に向かって境内を進むと石段の先に如何にも見応えのありそうな狛犬が置かれていました。

2024.04.08

拝殿に進んで、足腰に不安を抱える今回の隅田川のジョギングが何事も無く終わる事をお願いしました。如何にも氏子の方々が大切に守ってきた神社の佇まいが感じられる居心地の良い境内に感じました。

2024.04.08

岩淵八雲神社の狛犬・亀泉酒井八右衛門・大正10年(1912年)

右に置かれた阿像、極めて作りの良い高い台座の上に置かれているので見上げるようにして眺めますが、残念ながら細部までははっきり見る事が叶いません。

見上げても細部までは見えない頭部は余り私には見慣れない風貌に感じました。頭部に比べて、目の前に突き出た胴体部は丸みを帯びたリアルな彫りが目につきました。

2024.04.08

左に置かれた吽像は朝の光線の当たり具合で少し離れた位置からでないと見る事が出来ませんでした。彫が入った極めて出来の良い台座も入れて写してみました。

2024.04.08

阿像も少し離れた位置から眺めてみると頭部の彫りも少しは見やすくなりました。かなり見応えのある狛犬の印象を受けます。やはり彫りが施された台座の作りがかなり手の込んだ印象を持ちました。

2024.04.08

光線の具合で左に置かれた吽像の後ろから阿像を写してみました。私には知識がありませんのではっきりその形を分類できませんが尻尾の彫りもかなり良い造りに見えました。

2024.04.08

台座には由来などの年号が幾つか刻まれていましたが、最後の大正10年(1912年)がこの狛犬奉納された年号と推測しました。

2024.04.08

この大正10年(1912年)の台座に刻まれた想像もしていない下記の文字を見て驚きました。

石匠 亀泉酒井八右衛門
彫刻 大竹豊吉

この狛犬は文京区・根津神社文京区・根津神社狛犬 大正元年(1912年)作に刻まれた ”石工・井亀泉(せいきせん)、彫刻 大竹豊吉”とおなじ井亀泉(せいきせん)が作ったものではないかと推測されます。台座の美しい作りなどからかなりの腕を持つ石工の人が彫ったと思いながら周りを回って鑑賞しましたが、まさか井亀泉(この台座の石工名は”和泉”で井が抜けています)。

もしこの推測が正しければ下記三つの狛犬に加えた(違っている場合もあると思われますが)4つ目の井亀泉(せいきせん)の狛犬になります。

◎赤塚 氷川神社 板橋区赤塚4丁目4−22−1 明治35年(1902年)酒井八右衛門・井亀泉 川口市安行・春日神b社・大正3年(1914年)狛犬・石工 酒井八右衛門・井亀泉

◎川口市安行・春日神社・”酒井八右衛門・井亀泉(せいきせん)”の刻んだものでした。石工 亀泉酒井八右衛門 酒井八右衛門・井亀泉(せいきせん)”の狛犬と推測しました。

出だしから大きな驚きと喜びを与えてもらった事に感謝で再度通りから頭を垂れてお礼とお願いを申し上げました。いよいよ旅への出発です。

2024.04.08

最初に渡る新河岸川の川岸にナガミヒナゲシが艶やかなオレンジの花びらを開かせていました。

2024.04.08

岩淵水門の桜

秩父山脈から流れ下って来た荒川が東京都北区の岩淵水門で荒川放水路と隅田川に分岐されます。今回の出発点は隅田川の始まる岩淵水門にしました。

水門の土手に咲く桜が満開の時を迎えています。土手で出会う殆どの人達が地元の方々で、正に暮らしの中に静かに咲く桜の道を歩いたりジョギングしたりしている長閑な空間が広大に広がっている場所です。

水門に立つ説明版に加筆しました。上端矢印の赤羽駅から東京らしい町並を歩いて八雲神社で参拝の後、白矢印で記した隅田川添いの道を辿る事にしました。

2024.04.08

八雲神社から僅かで新河岸川の土手に突き当たりました。土手を登ると対岸にほぼ毎年恒例の”中山道海までのジョギング”でお馴染みの桜並木が見えます。今まではこの桜並木の脇を通っていましたが、今年は対岸から眺めています。

2024.04.08

新河岸川に掛かる岩淵橋を渡り例年通る荒川との中土手に進みます。土手の桜が満開で出迎えてくれました。

2024.04.08

6:33・新河岸川下流に掛かる122号線の通る新荒川大橋を眺めてみました。やはり幹線道路で早朝にも拘わらずかなりの車が橋を行き来しています。

2024.04.08

6:34・これから進む隅田川方向を眺めてみましたが川面には靄のような空気が漂い静まり返っています。果たして水は隅田川に流れ下っているかも見分ける事が出来ませんでした。ただ静まり返った川面が広がっていました。

2024.04.08

荒川との中土手に出ました。 橋から見えた満開の桜がその全貌を見せてくれます。春は盛りと告げてくれているようです。

2024.04.08

6:34・土手への道の両側を桜が囲んでいるようです。その間に広がる煙ったような空に、例年の海までのジョギングで広大な荒川越しに目にする川口市郊外の巨大なビルデイングが浮かんでいました。

 

2024.04.08

今渡ってきた新河岸川が土手に咲く桜の木々の間から見えてきました。

2024.04.08

6:37・長大な荒川土手の桜並木が隅田川の水門迄続きます。早朝の事もあり人影はまばらです。土手の上流部、新荒川大橋方向を眺めています。

2024.04.08

桜並木を見ながら水門迄は歩く事にしました。どんよりした空の下、艶やかな桜だけが目を惹きます。

2024.04.08

土手からは左に広がる荒川と隅田川に分岐する広大な川面が広がっています。左の荒川方向の土手の先から数本の煙が霞の掛かった空に立ち上っていました。早朝から工場の操業が既に始まっているようです。

 

2024.04.08

荒川が左に荒川放水路、右に隅田川と別れる隅田川方向に旧水門の遺構が見えてきました。その突端、水門の先に続く中の島の今回見る事にしているオブジェがはっきりと見えてきました。

2024.04.08

6:41・例年の隅田川のジョギングの折にはこの二本の桜に囲まれた中で朝食をとる事を楽しみにしていますがその場所に到着しました。二本桜は満開です、枝を低く伸ばした左の桜の木の下でこれから朝の食事です。

2024.04.08

6:44・枝を地面の近くまで伸ばしてくれている桜の木の下が私の指定席です。殆どが地元の人達なので土手を下りないとならないこの桜の木の下はゆっくり朝食を楽しむ事が出来る静かな一等席でしょう。後に見える広大な荒川の水面には未だ霞が掛かったような朧な風景が広がっていました。

2024.04.08

見上げる桜の木のテッペンまで花弁で埋め尽くされていました。

2024.04.08

6:58・持参のお握りを頬張りながらポットのお茶を飲んでは頭上の桜の花弁の天井を眺めます。私にとっては贅沢の極みの一時です。何時までも居たいのですが、万が一のトラブルに備えて時間の余裕は必要です。

思い切って腰を上げて隅田川へと向かう事にします。その前に古い水門を渡って川に残る小さな中之島を訪れて見る事にしました。

2024.04.08

去りがけに地面近くまで枝を伸ばした眼下に広がる桜の花弁をじっくりと眺めさせて貰いました。余りにも地面に近くなった数本の枝先が剪定されていました。

2024.04.08

少し離れて川面を背景に眺めてみました。

2024.04.08

向かい合った2本の桜は、陳腐な名前ですがまさに”夫婦櫻”にぴったりな雰囲気に感じます。その間からは少し離れた低い桜が一本姿を見せてくれます、まさに夫婦と子供の桜の風景です。

2024.04.08

隅田川の上流部は荒川と呼ばれますが、洪水対策で放水路が作られた歴史が書かれた案内板です。

一度目の2015年3月30日・ 中仙道から海まで物見遊山のジョギング(T)(U)(V)ではこの荒川放水路の土手を辿って海までジョギングをしました。

この開削工事で移住を余儀なくされた人々のご苦労の記念碑を荒川土手近くで何度が見た事があります。そのお陰で隅田川の水害が防がれているのでしょう。

2024.04.08

旧荒川水門と中の島

赤く塗られた旧荒川水門の案内板が合わせて建てられていました。現在は上流部に新しい水門が作られてこの赤い水門は遺構として残されています。

2024.04.08

旧水門を渡り小さな”中之島”に渡ります。

 

2024.04.08

旧水門を渡ると上流部に青い新しい隅田川水門が見えます。この後、この青い水門を渡り隅田川左岸へと向かいます。

2024.04.08

旧水門を渡ってから桜並木方向を振り向いてみました。

2024.04.08

荒川に浮かぶようにある小さな中之島に立つ青野正作の”月を射る”を見るために旧水門を渡ってきました。前から島の突端に立つこのオブジェは見えていましたが、旧水門の遺物と思い訪れる事はありませんでした。このオブジェが有る事を知り今回訪ねてみました。

2024.04.08

見上げる程高い鉄製のオブジェが川に向かってすっくと立っていました。広大な水面に向かってたじろぐことなく立つ姿に溢れる力を感じました。訪れて良かったと暫く周りを回りながら鑑賞させてもらいました。高さは3〜4m程かと思われます。

尚、鴉は何処からか飛んできたものです。

2024.04.08

”月を射る”のオブジェの近くに銀杏の大木が見えます。オブジェと言いこの大イチョウと言い、大水の折にはしばしば水に浸かる事と思われます。何時か大水の折に上流部の荒川の河原が水に覆われ土手を越える風景を推測したことがあります。数々の恐怖をものともせずに川に向かって立つ姿に敬意をはらいます。

2024.04.08

戻り道の旧水門からお気に入りの2本の桜が見えてきました。

2024.04.08

2本の桜の前に戻ってきました。出発前に膝と腰と腿を痛めて果たして隅田川のジョギングが出来るかと随分案じてきましたが、今年も何とか満開の二本の桜の下で朝食を楽しむ事が出来ました。来年の再会を願ってから隅田川へと向かう事にします。

2024.04.08

7:15・隅田川に掛かる水色の水門を渡り荒川放水路と隅田川の間の中土手を進みます。時間が良いのかかなりの人がジョギングをしたり歩いたりして行き交います。それでもほゞ全ての人が見晴らしの良い荒川方向を目的邸にしているようで、隅田川に向かうのは私一人でした。

水門の左が私が岩淵橋で渡った新河岸川です。

2024.04.08

中土手からは霞がかかった広大な荒川土手が眼前に広がっています。

2024.04.08

中土手から右手の隅田川方向に道を下ります。土手から見る空には雲が掛かり何時も目にするスカイツリーを見る事が出来ませんでした。天候が崩れない事と体調が今の処傷みがないのでそれが続く事を念じながら隅田川沿いの道を下ります。

2024.04.08

04/18/2024  
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