映画”運び屋(The Mule)”を観る ①  ②へ

小説の舞台・吉原周辺を回ってから
日比谷ミッド・タウン4階・東宝シネマズで映画”運び屋(The Mule)”を見る

2019年3月26日、久し振りに有楽町で映画を見る事にしました。何時も参考にしているインターネットの新作映画評論からクリント・イーストウッドの”運び屋(The Mule)”を選びました。前回見たボヘミアン・ラプソデイー程の高い評価ではありませんでしたが現在上映されている映画では良さそうに見えました。

折角なので、家を早めに出て家人が今楽しんで読んでいる佐伯泰英の時代小説”吉原裏同心”の場所を案内しながら再度訪ねる事にしました。彼の地を訪ねる交通機関としては昭和の雰囲気の残る都電が私の好みにはぴったりです。2019.03.26

 
都電に乗って王子駅⇒三ノ輪橋駅

早稲田と三ノ輪橋を結ぶただ一つ残る都電です。JR王子駅から三ノ輪橋駅行きに乗りました。車内はかなりの混雑、杖をついたり車を押したりしている病院通いの高齢者の人が多く乗っています。互いに親身に助け合ったりぼやきを聞いたりと人生の縮図を描いた短編映画を見ているようでした(そしてそれはかなりの秀作でした)。車内から、以前狛犬巡りで訪れた尾久八幡神社の前を通ったのでシャッターを押しました。

終点の三ノ輪橋駅に到着、心にしみる短編映画は終わり何時の間にか人々は散って行きます。私たちは駅前の手作りの小さな稲荷神社の前で今日の旅が楽しく過ごせることを祈りました。佐伯泰英・”吉原裏同心”の舞台 吉原の物語樋口一葉・”たけくらべ”の舞台 吉原の物語をご参照ください。2019.03.26

 
千束稲荷  一回目
てっきり土手通りと国際通りの間にあるとおもっていたので道を間違えてしまいました。

家人が時代小説”吉原裏同心”を楽しんでいる事から、映画鑑賞の途中、その物語の場所である吉原を訪ねる事になりました。

それなら一葉の”たけくらべ”も後から読むことにして吉原周辺の一葉の物語の場所も訪ねたらと勧めた所、そうするという事で最初に千束神社を訪ねる事にしました。泥縄式で電車の中で”たけくらべ”の千束神社の文章を読んできました。

途中道を間違って、通りがかりの地元の方に尋ねると立ち止まって丁寧に教えてくれました。しまいには連れて行ってあげると後戻りする様子なので、慌てて2回目なので多分分かりますと丁寧にお礼を言って別れました。2019.03.26

 
吉原周辺   一回目
大門を過ぎて仲之町通りを進むと、揚屋町の標識がありました。
僅かに残る鉄漿溝の遺構です。苦界との境になります。

千束神社から吉原方面に向かって”たけくらべ”の舞台の竜泉寺町を通ります。左に折れて土手通りに戻る道が、吉原北側の浄念河岸沿いなのか、通りの名前が見えます。江戸町一丁目の標識が出てきて土手通りの近い事が分かりました。大門跡から仲之町通りに入りました。今日も吉原神社・鷲(おおとり)神社を目指す女性の姿が見られます。私達も物語の舞台の中にたっています。2019.03.26

仲之町通りと角町との交差点に案内板がたっていました。そこに中央区人形町にあった旧吉原の事が書かれていました。

2018.02.06、狛犬巡りで日本橋人形町末廣神社を訪ねた折、偶然この神社の地に明暦の大火までは旧吉原が有ったという看板を見た事を思い出しました。生々しい人々の暮らしのあった場所に立っている事になります。2019.03.26

 

昼食は吉原大門入り口の天ぷら屋・土手の伊勢屋でと思っていましたがあいにく定休日でした。吉原に入って仲之町通りに蕎麦屋さんがありました。ここなら普通の蕎麦屋さんそうなので中に入ってみました。沢山の工事関係の人達が蕎麦の出来上がりを待っている様子に安心して席に着きました。蕎麦の量も多いのですが、更におにぎりが付いているので家人は食べきれないようです。

味は昼食の蕎麦としては美味しいと思いました。値段も極めて良心的で吉原の仲之町通りで昼ご飯を食べると言う楽しい経験になりました(江戸の物語の中の出合茶屋での飲食とはいきませんが)。2019.03.26

 
吉原神社    一回目

参詣の人が途切れずに訪れています。若干女性の姿が目立つように見えます。

優し気な色合いの桜が咲きだしていました。200年前に吉原神社の御神木であった”逢初桜”の2代目と書かれています。2019.03.26

お穴様を祀る摂社のようです。

この地中には神社を守る神様がいらっしゃると書かれていました。

   
吉原弁財天    一回目

吉原神社のはす向かいに、摂社の吉原弁天が見えます。下記の説明板にあるように大きな築山の上に観音像を奉り関東大震災で亡くなった人々の供養を行っていると書かれています。境内に張られた490人の人が溺死したと書かれた写真には息を飲むほどの衝撃を受けました。遊女の人も含まれて居たのでしょう。

観音像の左に置かれた台の上に書かれた説明を見て此処を守っている人々の気持ちに心が温められました。

弁天堂の扁額です。 お地蔵様の前に置かれた説明です。
 

観音像の左には関東大震災で亡くなった人々の慰霊の場所がありました。一番奥にはお地蔵様がまつられていました。そこには遊女の墓の上で線香をたかないでと言う注意が書かれていたので、気付きませんでしたが何処かに墓があるのかもしれません。2019.03.26

江戸時代の何度かの大火で吉原では多くの遊女の人達が犠牲になった事は頭の中にありましたが、関東大震災でも彼女たちを含めた多くの人々が落命した様子を写真で見て哀れさに心が重くなりました。2019.03.26

艶やかな色彩で飾られた吉原弁財天、せめて来世での幸せを願って奉納されたのでは推測しました。

現在は小さな弁天池の名残りですが鯉が泳いでいました。2019.03.26
 
鳳神社   一回目

吉原神社・吉原弁財天で見た女性の人達に又出会いました。手に紙を持ってそれを見ながら歩いているのでどこかに案内の印刷物があるのかもしれません。艶やかな神社です、お参りをさせて貰いました。2019.03.26

 

"たけくらべ"の舞台らしく樋口一葉の文学碑の類が二つも奉納されていました。

子規の句碑 其角の句碑は難しくて読めませんでした。
合羽橋商店街

地下鉄の入谷駅まで戻る事にして国際通りを浅草方面に向かいます。家人がここまで来たのなら合羽橋で大型のおろし金を買いたいというので急遽国際通りを直進し浅草方面に向かって歩きました。言問通りを超えると合羽橋道具街です。

海外の観光客が以前にも増して多いのが目立ちます。左の路地に包丁などの専門店”つばや”にも観光客が見えます(昔他の店で薦められて包丁を買った事があります)。路地の先にはスカイツリーが聳えていました。

途中何軒かの店で大型のおろし金はメーカーが製造を止めたとこの事で見つける事が出来ませんでした。結局、以前同類の商品を買った”ニイミ”(東京都台東区松が谷1丁目1−1)でしかこのアルミ製の大型おろし金は見つかりませんでした。

それもかなりアルミの板が薄く、歯の部分も少なくなっている違うメーカーの品でしたが仕方がないのでそれを2個と大根おろしを入れる皿を2個買い込みました。2019.03.26

合羽橋道具街はすっかり様変わりしてしまったようです。ファミレスが多くなり特徴のある小さな飲食店が少なくなったせいか本職の人々の姿を余り見かけません。観光客用の一般的な品が店頭に置かれている店が多くなりどこか面白みに欠けるような気がしました。地下鉄銀座線の田原町駅に出て銀座駅に向かいました。2019.03.26

   
 
04/03/2019
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