![]() |
白河市大信・庭渡神社・狛犬昭和5年(1930年)狛犬・推定・眞船卯右ヱ門(信夫村増見石平) |
![]() 本格的な野菜の買い物は明日にして久し振りの”り菜庵”の様子を見にやって来ました。 |
![]() 県境の村への帰路こちらも我慢が出来ずに白河市大信の庭渡神社に立ち寄りました。草刈りをしなくてはならない大切な目的を一旦横に置いてでも久し振りの県境の村でも神社巡りへの欲望は抑えがたいものがありました。 ![]() |
庭渡神社住所:白河市大信増見蟹沢。車は神社の前に停められました。 コロナ騒動で県境の村に出かける事が出来ず、やっと都府県を跨ぐ移動制限が解除されたので正月以来の草刈りにやって来ました。 ![]() |
![]() 今まで迂闊にも全く気が付きませんでした。 ![]() |
こちら側からは分かりませんでしたが、庭渡神社の斜面の裏側・南側は山が大きく削られる大工事が行われていました。私は神社の奥の院の鳥居に導かれてこの山の一番高い頂上まで登ってしまいました。左の写真の森の切れ目の間から見える禿山の頂上が登った場所でした。神社からはかなり東側まで登った事になります。そこには奥の院は存在せず荒涼たる山肌を剥がされた景色を見る事になりました。 |
![]() 杉木立ちの緑の中に包み込まれたような神社が静かに鎮座していました。 背の低い鳥居の後ろに目指す狛犬が奉納されているのが望まれます。 境内が緑の中に沈んでいますが、社の辺りだけが明かるく浮き出していました。 今日は時折小雨が降ったり止んだりの天気です。 ![]() |
白河市大信・庭渡神社・狛犬昭和5年(1930年)狛犬・推定・眞船卯右ヱ門(信夫村増見石平) |
![]() 彫りのしっかりとした見応えのある狛犬が森閑と静まり返る薄暗い境内に静かに佇んでいました。 右に置かれた狛犬は口を僅かに開けた子取りの阿像と思われます。子供には牡丹の花が彫り込まれていました。 サイズは通常の大きさに見えます。 ![]() |
![]() 緑の森の中で社の辺りだけに広がる明るい空間が望まれます。 ![]() |
![]() 奉納した人の名前とこの昭和5年(稔が年を表しているのでは推測しました)らしい文字が見られるだけでした。 この名前の彫られていない事や意匠、加えて地元(旧信夫村増見石平)の石工であることなどから眞船卯右ヱ門の狛犬ではないかと推測しています。 ![]() |
![]() 立体感のある風貌・毛並みの彫りなども個人的には眞船卯右ヱ門の作に見えます。 石工の名前に拘わらず多くが静寂の中に鎮座する社を護持するに足る力を感じる石像に感じます。 ![]() |
![]() 随分久し振りの神社での参拝です。 辺りはツーンと耳が痛くなるほどの静寂と緑の境内が広がっていました。 ![]() |
![]() ![]() |
![]() 奥の院か別院ではないかと鳥居を潜りました。 石造りの小さな社が祀られていました。 後の杉木立の中にうっすらと踏み跡らしい跡が見られます。 もしかするとこの小山の頂上に別院が祀られているかもしれないと思い踏み跡を辿って斜面を登りました。 ![]() |
![]() 雨が強まり引き返そうかとも思いましたが、もし奥の院があったと知った時に悔いが残ると思い小山の頂上まで行って見る事にしました。 社の屋根が望まれます。 ![]() |
|
|
![]() 頂上からの景色を暫く眺めてから杉木立の踏み跡を辿る神社に戻ってきました。 途中、行きにお参りした小さな石の奥の院(結局社の左に鎮座する小さな石の社が奥の院か別院であったようです)で再度お参りをさせて貰いました。 車で待っていた妻も余りにも時間が掛かったので心配していたようです。 奥の院でお参りをすると決めた事を途中で放棄するのは神様に申し訳ないと思った気持ちを今では良かったと思っています。 もし途中で諦めたらきっと後悔したと思いました。 ![]() |
![]() ![]() |
街を出る日の午前中、所用があったので22日の朝10時頃に家を出ました。
正月の冬休み以来の県境の村です、果たして庭の雑草はどうなっているか心配しています。
高速も平日の込み具合に戻っているようです。高速を降りて遠回りになりますが白河市農協の直売所”り菜庵”で今日のトマトを買い、戻り道白河市大信の庭渡神社を訪ねる事にしました。 |
![]() |
Copyright (C) Oct. 10,2007 Oozora.All Right Reserved. |
|