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白河市鹿島神社・狛犬・慶応2年(1866年)・石工・双石村、伊右衛門(禁)無断転載

2020年1月5日、長い冬季休暇、初詣がてら久し振りに白河市の鹿島神社から南湖神社を回って見ました。

何度も訪れた馴染みの神社、何となく全てが分かっていたような気分で今までは訪れていました。今回は時間にゆとりがあるのでゆっくりと隅々まで参拝を楽しみました。鹿島神社では白河の石工・彫刻師 野田平業の狛犬が二つも奉納されている事が分かって驚いてしまいました。何時も暮らす街に戻って写真から各々の狛犬を思い出しながら文章を書くので二つの狛犬が一つと思ってしまいました(最も、通常同一の神社に一人の石工の狛犬が二つ奉納されている例は余り聞いた覚えがありません)。鹿島神社では二つのお堂、推定樹齢1,000年の大杉、”磐座”(いわくら)などを始めて見る事になりました。2020.01.05   
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ささやかな初詣

元旦は朝、年末の福袋をショッピングモール開店と同時に買おうと意気込んでいたのですがついつい遅くなってしまい諦め半分でとにかく出かけて見ました。驚く事に売り切れていたと思ったそこにはテレビで見る行列は全くありません。福袋もよりどりみどり、年末に目を付けていたものがあっさりと買うことが出来て拍子抜けしてしまいました。

県境の村への帰路、雪の那須山がくっきりと青空の下に広がっていました。前から気になっていた川岸の神社を訪ねてみました。多分震災の為に多くの石像が倒されたと思われる稲荷神社でした。神社の名前は見つけられませんでした。那須山がまさに神社と一体になった美しい境内で手を合わせてお参りをしました。2020.01.01

 
もう一つの白河市内にある出世稲荷(白河市昭和町107)も元旦なら車を止められるだろうと行って見ました。恐々と細い道を進んで行くと行き止まりに綺麗な稲荷神社がありました。隣が集会場、通りがかった地元の方に声を掛けてからロープの前のスペースに車を止めさせて貰って大急ぎで参拝をさせて貰いました。沢山の手彫りの面白い狐像が参道の両側に奉納されていました。二つの稲荷神社とも狛犬の居ない事は分かっていたのですが、良い初詣が出来ました。2020.01.01
 
白河市・鹿島神社 1回目 2回目 1回目 2回目 3回目
鹿島神社:白河市大鹿島 8。

何時でも行けると思っている事もあり中々、ゆっくりと参拝する機会がなかった鹿島神社、今回は境内の隅々まで訪ねようと思ってやってきました。既に5日ですが、鹿島神社には参拝の人が途切れず訪れています。2020.01.05

 

神社横の駐車場から拝殿に向かうと右手の山側の際に二つのお堂があります。今までは狛犬を見るのに夢中で立ち寄った事がありません。先ず弥勒菩薩を祀った弥勒堂(写真左)で手を合わせました。続いて十一面観音を祀った観音堂があります。此処でも手を合わせて祈りました。2020.01.05

一つ目の拝殿前の狛犬・慶応2年(1866年)・石工・双石村、伊右衛門

この辺りでは珍しい江戸時代の狛犬です。拝殿の前に置かれています。参拝の人が続くので辛うじて今回は右の阿像だけを撮りました。当時はそれ程狛犬を彫る重要が無かったと推測されますが、これだけの腕の職人が存在した事は驚くべきことだと見る度に思います。2020.01.05

 
二つ目の狛犬・平成8年

”平成8年・鹿島石材 五十嵐裕一郎”の文字が刻まれています。石材店の人が彫って奉納したのかとも思いましたのではとも思いましたが果たしてどうか・・・。未だ、新しい時に見た事が有りましたが、今回は少し年月がたってリアルさが感じられる姿になっているように見えました。多分新しい機械で彫られた狛犬と思われますが、普通のありきたりの意匠とは異なるの年月を経るほどその良さが出てくるように思えます。2020.01.05

境内の見所

拝殿の左に回って見ました。何時も狛犬に目が行くために、太鼓橋を渡って入口の参道から鳥居の方向に向かうのでこの方向は初めてです。

推定樹齢1000年と書かれた杉の大木がありました。その年代にしては手入れが良いのか幹が大変綺麗です。2020.01.05

3つの摂社が祀られていました。左端は稲荷神社です。2020.01.05

磐座(いわくら)

更に山際に進むとの↑この案内が有りました。山の斜面に続く道を少し登ると注連縄で祀られた大きな岩が起立する場所に出ます。道が更に先に登るので辿ってみましたが、草むらに消えてしまいました。諦めて拝殿に戻る事にします。2020.01.05

 
拝殿の前から随身門を潜り太鼓橋を渡って長い参道の入り口にやって来ました。この阿武隈川河畔に近い白河市・鹿島神社は沢山の狛犬が奉納されている貴重な神社です。2020.01.05
3つ目の狛犬・野田平業昭和4年(1929年)31歳の狛犬
木の鳥居の前に置かれた白河市の彫刻師・野田平業31歳の阿像、力が漲った狛犬に見えます。大きく口を開けて威嚇する姿には動きを感じるのです。玉取りの繊細な篭彫りを施された平業独特の意匠です、残念ながら多くの他の平業の作品と同じく半分が欠落しています。残った半分は足が雨を防いでいるためか破損を免れたようです。殆どの平業の籠彫りの破損は前面部分です。2020.01.05
後姿も立体感が表現されているように見えます。昭和4年1月に奉納されたと刻まれていました。2020.01.05

左に置かれた若干柔らかい表情の吽像、子取りの意匠の子供だけが歯をむき出していました。

冬の寒冷が格別の高原の町・白河市に奉納された石像としては保存状態が良好です。ほぼ100年近くを厳しい冬を乗り切って事になります。2020.01.05

 
4つ目の狛犬・野田平業昭和4年(1929年)31歳の狛犬

入口から最初に対面する平業の狛犬(このページでは3番目の狛犬と書いています)に続いてもう一つ平業の狛犬が奉納されていたことを迂闊にも気づきませんでした。まさかと思っていたのでこの狛犬の写真も撮ったのでしょうが全く記憶にありません。

因みに3番目の狛犬と同じ昭和4年の作品です。

上の3番目の平業の狛犬より若干小型で彫りも簡素です。阿像は玉取りの意匠、篭彫りではありません。2020.01.05

 

阿像の背中から阿像を写しています。流石平業の彫りと、簡素な中にも美しい石像を彫り出しています。2020.01.05

左の置かれた吽像は子取りの意匠です。平業の子取りの意匠の子供はやんちゃな姿が多いのですがこれもかなり鋭い目をしています。

まさか、平業の地元の鹿島神社で今まで認識していなかった狛犬を見つけるとは(当然目にしたと思うのですが二つも続けて置かれているとは思いもしなかったのです)・・・今年の初詣で最も驚かされた出来事の一つでした。2020.01.05

 
5つ目の狛犬・昭和8年(1933年)

右に置かれた狛犬は玉取り意匠の吽像と思われます。かなり厳しい顔つきの狛犬です。やはり厳しい冬の寒さのこの地では籠彫りの玉は前半部が欠落してしまうようです。

顔の表情がこの石像に動きを与えているように感じました。2020.01.05

 

阿像の後姿から吽像を見ています。やはり力の漲る石像です。いままで意匠の特徴から、白河市・カラメ(搦目)の石工関根国三(沼石)の作品と推定していました。

今回台座の年号と奉納したと思える方の名前、台座に彫られた”政一刻”を見つけてもしかすると、白河市に隣接する西郷村・八幡神社の狛犬を彫った”秋山政一”ではないかと思えてきました。これは素人の個人的な推測ですが(間違っている可能性が高いと思います)、それを楽しんでいます。2020.01.05

左に置かれた阿像と思われる狛犬。口を大きく開けて吠え掛かるように見えます。以前はこの狛犬は低い石の上に置かれていましたが今回は高い台座の上に置かれていたので下から見上げる様に見る事になります。

この角度で見るとやはり石工関根国三(沼石)の狛犬とは若干違った印象も受けます。台座の名前が異なるので(私の写真の取違いでなければ)隣接する西郷村・八幡神社の狛犬を彫った”秋山政一”の作と言う推測は十分可能性が出てくるのではと思えてきます。2020.01.05

 
6つ目の狛犬・石工大高三二
5番目の狛犬も白河市近辺にしばしば目にする大高三二の作。顔が大きな阿像はかなり力強さを感じさせる造形、尻尾も高く上がっているので力強さが更に高まって見えます。2020.01.05
右の阿像の後ろから吽像を写しました。尻尾が上に上がった迫力ある姿です。台座には”石工 大高三二”の名前が彫られていますが、年代は見つけられませんでした。2020.01.05
左の置かれた吽像、阿像と同じく下から見上げるような姿が圧力を感じます。顔が下向き下限なので必然的に四つ足の生き物は尻尾が上がる事になるのか更に迫力が増すよう見えます。2020.01.05
 
7つ目の狛犬・文政11年(1828年)
極めてあっさりした彫りの狛犬、見ているとほのぼのとした暖かな気分が湧いてきそうです。右に置かれた阿像と思われる狛犬、台座の上ではなく地面から少し高くなった平らな石の上に載っています。顔の一部が経年の為に欠落しています。2020.01.05
阿像から吽像を写しています。背中部分の彫りもかなり簡素です。2020.01.05

台座に彫られた”文政戊子歳”は戊子(つちのえね)から文政11年(1828年)の旧暦12月の事ではないかと推測しています。

台座には”長坂村石工 大高長八”と”同捨蔵”の名前が見えます。これらが果たしてこの狛犬の由来を正確に表しているのかは不明です(又私が他の狛犬と写真を取り違えているかもしれません)。江戸時代だとしたら果たして石工の”姓”が有ったのかどうかという疑問が残ります。狛犬は江戸時代の可能性が高いと思われますが、彫った石工がこの名前の人かどうかは分かりません。2020.01.05

左に置かれた吽像、顔付はどちらかと言うと何処か猿を連想させるように見えます。2020.01.05

今回は白河市内でも大きな鹿島神社をかなり隅々まで見る事が出来ました。拝殿の裏山に鎮座する磐座(いわくら)・樹齢1000年の杉など今まで見る事の無かった場所に出会って改めにこの神社の奥深さを知りました。

それにしても、しばしば訪れたこの神社にある野田平業の狛犬の一つを見落として居たことが信じられません。そして新たな狛犬として思い出の中に入れました。この神社には合計7対の狛犬が奉納されている事からもこの地の人々の思入れが理解できます。

   
南湖神社

南湖神社住所:白河市菅生舘2

鹿島神社から南湖神社にやってきました。神社の前の南湖は氷の上に昨夜来の雪が薄く積もっています。雲の中に殆ど姿を没した那須連山が僅かに山腹を見せていました。

こちらは市内にあるせいか初詣の人が更に多くなりました。鹿島神社では見られなかった屋台の店などが未だ出ている事からも参拝の人の多さが分かります。中々人の姿が無い時に写真を撮る事が出来ないので、少し空いたときに参拝を済ませました。2020.01.05

 
白河市南湖神社狛犬(野田平業)大正11年(1922年)24歳 1回目 2回目 3回目

地元白河の野田平業の狛犬、しばしば訪れる南湖神社の拝殿の前に奉納されています。右に置かれた阿像、繊細な彫りから生み出されたリアルな動きを感じさせる狛犬は何時見ても見惚れてしまいます。 2020.01.05

私には、左に置かれたこの吽像が少し笑っているような表情に見えてしまうのです。阿吽像の上手い組み合わせに再度参道の中心から二つの狛犬を首を振りながら見惚れています。

玉取りの玉は大型で渾身の籠彫り、その美しさは特筆ものに感じられます。この地の冬の厳しさに一部が欠落しているのは残念な事です。2020.01.05

令和2年の初詣は短い時間でしたが、幸運にも鹿島神社で野田平業の狛犬の記憶と記録に新しい一対を加える事が出来ました。県境の地で狛犬を訪ねる私には何にも増して嬉しい出来事でした。2020.01.05

 
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