街の狛犬江戸の狛犬を訪ねて・D板橋区東熊野神社と西熊野神社の狛犬 村の狛犬を訪ねて  街の狛犬トップ

 

↑板橋区前野町・東熊野町神社狛犬・嘉永2年(1849年巳)石工・村田清八 狛犬・阿像

板橋区にはかなり江戸の狛犬が残っているというので先日仕事の途中に大急ぎで氷川神社の狛犬を見ました。10月13日はホーム・センターで買い物をする用が出来ました。それなら、前回熊野神社を探して見つけたビバ・ホームで買い物をしながら狛犬を見る事にしました。膨大な商品から目的の品を見つけて買い物を済ませ表に出ます。撮影2015.10.13

稲荷氷川神社 板橋区坂下3丁目5−7 大正13年(1927年)狛犬
西台天祖神社 板橋区西台2丁目6−29 文久元年(1861年)の狛犬と他に二つの狛犬。美しい境内。
蓮沼氷川神社 板橋区蓮沼町48−3 昭和9年の狛犬
新田宿八坂神社 板橋区成増2丁目34 昭和15年(1940年)
赤塚 氷川神社 板橋区赤塚4丁目4−22−1 明治35年(1902年)酒井八右衛門・井亀泉と文久3年
諏訪神社 板橋区大門11−1 明治15年の狛犬
常盤台天祖神社 板橋区南常盤台2丁目4−3 文久三年(癸亥・1863年)
徳丸北野神社 板橋区徳丸6丁目34−3 文久三年(癸亥・1863年)
城山熊野神社 板橋区志村2丁目16−2 安政2年1855年石工 村田清八
東熊野神社 板橋区前野町3-38-3 嘉永2年1849年石工・村田清八
西熊野神社 板橋区前野町5-35 寛永3年1859年の狛犬
氷川神社 板橋区氷川町21−8 江戸の狛犬2対、17号国道脇
二葉町氷川神社 板橋区双葉町43-1 江戸の狛犬と昭和の狛犬の2対
子易神社 板橋区板橋2丁目19−20 昭和7年の異相の意匠の狛犬
板橋区前野町・東熊野神社
東熊野神社住所:板橋区前野町3-38-3。単に熊野神社、または前野町熊野神社とも呼ばれるようです。私はビバ・ホームに用が有ったので前野町3−37−18とカーナビに入れました。神社は店のすぐ目の前にあります。
これが0参道ですが、私の好みの生活の中にある社です。仰々しくなく簡素で良いなと思いました。県境の村の社と景色こそ異なりますが人々の日常の暮らしと共にある神社です。撮影撮影2015.10.
鳥居をくぐると狛犬が見えました。社務所は開いていましたが人の気配がありませんでした。辺りは住宅街、狭い通りの右はホーム・センターのビバ・ホームです。撮影撮影2015.10.  
嘉永2年(1849年巳酉)石工・村田清八 狛犬・阿像

狛犬の目付きが中々良いと思います。そして全体的に動きのある狛犬だと思いました。経年の為に薄れてはいますが体一面に渦巻き状の毛と思われる彫り込みが見られます。

尻尾は上に立ち上がっていました。撮影撮影2015.10.13

阿像に彫られている年代です。嘉永2年(1849年)は己酉でこの表記は、合っているようです。

かなりの長命であった葛飾北斎が89歳で亡くなったのが、この嘉永2年のようです。撮影撮影2015.10.13

石工の名前には蓮根村(前野町より少し東寄りになります)の村田清八と刻まれています。
  阿像から吽を見ています。狛犬はそれ程大きくはありませんが、堂々とした姿に言えます。
嘉永2年(1849年巳酉)石工・村田清八 狛犬・吽像
吽像の台座には”再建”と彫られています。何かの事情で破損して後年再建したのかもしれません。寛永年代には多くの大地震があったので、それが原因かも知れない等と推測したのですが間違っているかもしれません。

渦巻き状の毛の模様は吽像の方が綺麗に残っているようです。見る者を凝視する狛犬の目の表情が良いと思いました。阿吽像を見ていると、先日見た板橋区氷川町の氷川神社の狛犬に似ているようにも思えてきます。撮影撮影2015.10.13

社の右に神楽の舞台と思われる社殿ががあります。この先にホーム・センターのビバ・ホームがあります。撮影撮影2015.10.13

社の左には榛名社、月山社、飛鳥社と言う三つの小さな社が祀られていました。撮影撮影2015.10.13

狛犬の写真を撮っていると、幼子を連れた若い母親が熱心に社でお参りをしていました。

二人が去ったあと私も諸々の願いを込めて頭を垂れ柏手を打ちました。撮影撮影2015.10.13

板橋区・西熊野神社

西熊野神社住所:東京板橋区前野町5-35。東熊野神社から近く、7分ほど歩くだけです。東熊野神社から通りを歩いてくると、左側に”つづきクリニック”と言う2階建ての病院があります。その先の角を左折、30m程の坂を登り切った場所に社があります。小さな町の中の社です。撮影撮影2015.10.13

野良猫が居るだけの静かな境内です。住宅街に囲まれているので野良猫も餌には不自由しないようで痩せてもいません。

この辺りは坂道が多いようです。撮影撮影2015.10.13

狛犬阿像・寛永三年(庚戌)1859年
余り多くの江戸の狛犬を見ているわけではありませんので断定はできませんが、かなり特異な風貌の狛犬に見えます(江戸期の狛犬には間々ある顔なのかもしれませんが)。住宅が密集する一帯にこのような空間が有る町を大変羨ましい事です。撮影撮影2015.13
台座に”嘉永三年”と”庚戌”の文字が見られます。西暦1850年になります。文字の判読については多くが推定ですので間違っている場合もあります。 石工の文字が見つけられませんでした。”x田太郎吉”の文字が見えますが。”願人”らしき文字も見えるので石工ではないと思われます。
狛犬吽像・寛永三年(庚戌)1859年
吽像はそれ程変わった風貌ではないようです。尻尾の方の形がどこか四角張っているように感じました。撮影撮影2015.13

吽像の後姿です。表から見て四角張った印象を受けた事が納得できます。尻尾から後脚の部分が四角形に見えます。撮影撮影2015.13

狛犬が守る社でお参りを済ませてホーム・センターのビバ・ホームに戻ることにします。撮影撮影2015.13

どこか夕方の近いことを示すように太陽の光が斜めに指しています。初めての街の散策を続けます。これから右に坂を下ります。

買い物のついでに江戸の狛犬を見ることが出来たのは幸運です。村でも街でも社を探すのは一苦労です。それでもその地の人々に道を尋ねながら歩くことは、新たな出会いが生まれ狛犬との思い出が一層深いものになるようです。撮影撮影2015.10.13

板橋区の狛犬@
 
07/24/2019
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