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氷川神社狛犬・明治35年(1902年)石工 酒井八右衛門・井亀泉 *()転用・使用

朝、早めに出かける所用が出来たのでその帰路板橋区の狛犬を見るために神社巡りをする事にしました。暫く土手のジョギングの帰路の狛犬巡りを続けていました。近頃ではグーグル・マップでの狛犬探しを続けていて何となくコツが分かってきました。

以前何の気なしに訪ねた旧街道の御成街道沿いの川口市と隅田川上流の戸田市で流石と思える江戸の職人の狛犬を幾つか目にする事が出来ました。加えて大正時代ではありますが想像もしていなかった文京区・酒井八右衛門(井亀泉・東京文京区)の狛犬(推測を含めると二つ)も見る事が出来る幸運に恵まれました。

この経験から、旧街道沿いを探すのが最も江戸の狛犬に出会う可能性が高い事を今更なが肝に命じる事になりました。今回訪れる板橋は江戸四宿の一つでしたから当然大きな経済力が地域一帯に広がっていたと推測されます。江戸の物語にもしばしば登場する板橋宿周辺を念入りに探してみる事にしました。

2019年3月3日、所用が終わった後雨の降るなかを二時間半程で四つの社を回りました(今回の範囲はもしかすると江戸の朱引き外かもしれませんが江戸と書きました)。そしてその中にはグーグル・マップで見た時から文京区・酒井八右衛門の狛犬ではと推測していた推測ぴったりの狛犬を見る事が出来ました。

板橋区のこのあたりはかなり起伏の飛んだ地域で神社とそれを取り囲む家並みが作り出す風景がとても変化に富んでいる事も嬉しい事です。2019.03.03

赤塚 氷川神社 板橋区赤塚4丁目4−22−1 明治35年(1902年)酒井八右衛門・井亀泉と文久3年
諏訪神社 板橋区大門11−1 明治15年の狛犬
常盤台天祖神社 板橋区南常盤台2丁目4−3 文久三年(癸亥・1863年)
徳丸北野神社 板橋区徳丸6丁目34−3 文久三年(癸亥・1863年)
城山熊野神社 板橋区志村2丁目16−2 安政2年1855年石工 村田清八
東熊野神社 板橋区前野町3-38-3 嘉永2年1849年石工・村田清八
西熊野神社 板橋区前野町5-35 寛永3年1859年の狛犬
氷川神社 板橋区氷川町21−8 江戸の狛犬2対、17号国道脇
二葉町氷川神社 板橋区双葉町43-1 江戸の狛犬と昭和の狛犬の2対
諏訪神社
諏訪神社住所: 板橋区大門11−1

有難い事に神社境内の左側に参拝者用の広い駐車場がありました。心置きなく見る事が出来ます。神社は随身門を備えたかなり見応えのある佇まいです。2019.03.03

一際目立つ随身門を供えた神社です。向かって右、神社の拝殿から見て左に置かれた左大臣と、左(神社から見て右)の矢大臣が美しい姿で神社を護っています。どのような由来なのかは知りませんが良いものを目にする事が出来ました。2019.03.03

 
随身門を潜った境内には一対のイチョウの巨木が見えます。2019.03.03
拝殿の前から狛犬、随身門・鳥居を写しています。参拝者用の駐車場は狛犬の右手にあります。雨のせいか参拝の人は居ません、写真はどの位置からも心置きなく撮る事が出来ます。2019.03.03

直ぐ近くを首都高速5号線が通っていますがこのような神社が有るとは全く知りませんでした。最も何時も渋滞に気をとられているせいかもしれません。

神社までは少し坂道を登ってきた気がします。2019.03.03

 
諏訪神社狛犬・明治15年(午・1882年)

右に置かれた阿像と思われる狛犬、大きさとしては普通の大きさです。あっさりとした姿の彫りですが全体に施された細かい横の線の彫りがアクセントになっています。比較的この神社から近い埼玉県志木市の敷島神社の狛犬と、この全体の横縞模様の彫りが似ていると思いました(全くの偶然かもしれません)。2019.03.03

右の阿像と思われる狛犬から吽像の方向を撮りました、阿像の背中一面の横縞の模様がしっかりと写っています。台座には明治15年と干支の”午”の文字が彫られていました。2019.03.03

左の吽像と思われる狛犬、柔和な表情に接して果たして目的の神社に辿り着けるかと言う何時もの狛犬巡りでの不安が解消されました。今日の目的で残すはあと一つの赤塚 氷川神社だけとなりました、狛犬にありがとうと声を掛けました。

雨は降りやみそうにありません。2019.03.03

 

木鼻狛犬

拝殿の柱に飾られて木鼻狛犬の彫りは中々見応えがあります。2019.03.03

 
赤塚 氷川神社

赤塚 氷川神社住所:板橋区赤塚4丁目4−22−1。

一の鳥居までは辿り着きましたが、そこからの参道脇の車道が狭く果たして通れるか不安になって、一度太い道まで戻りました。結局その道以外は分からないので恐々とと参道左側の道を進みます。2019.03.03

車で入ってきた一の鳥居方向を写しています、車で参道脇の細い道を通りました。2019.03.03

赤い木製の二の鳥居の手前まで来ました。富士塚と大木の間の道を回り込むと境内に入れそうに見えたので慎重に進みます。富士塚の先の境内に参拝者用の駐車場がありました。しかし神経を使いました。2019.03.03

小さな富士塚に登ってみました。説明板には明治5年にこの富士塚を作った”丸吉講”の人達が、偶然2月19日に訪れた志木市の敷島神社に額を奉納した事が書かれています。不思議な巡り合わせだと驚きました。2019.03.03

 
氷川神社狛犬・明治35年(1902年)石工 酒井八右衛門・井亀泉

念願の酒井八右衛門(井亀泉)の狛犬に出会いました。右に置かれた阿像、かなり大型です。流石と思わせる力感・躍動感・彫りの全てに見惚れてしまいました。活き活きとした表情は目の彫りが大変手の込んだ造りになっている事が一因かもしれません。

これまで見た推定を含めて3つの酒井八右衛門の狛犬は大正時代ですので、少し感じが違っていますが素晴らしい狛犬です。2019.03.03

阿像から吽像を写しています。後姿の彫りもやはり美しい風景です。2019.03.03

阿像からの姿の美しさに惹かれて吽像からも撮ってみました。

こちらの方向からは吽像の厳しい顔つきが目立ちます。それでもざらつくような荒々しい印象は受けません。2019.03.03

左に置かれた吽像、特徴的な目の彫りがハッキリと確認できます。この狛犬もそうですが、これまで見て来た酒井八右衛門の狛犬は高い台座の上に乗っている事に加えて大きなサイズなので見上げる様にしなくてはなりません。中々全ての部分を詳細に鑑賞することが難しいと思います。2019.03.03

 

台座には世話人の人々の名前の脇に明治35年と酒井八右衛門の文字が刻まれています。個人的には、推測を含めてこの氷川神社の狛犬で4つ目の酒井八右衛門の狛犬になります。

川口市安行・春日神社・大正3年(1914年)狛犬・石工 酒井八右衛門・井亀泉 ◉根津神社の狛犬が井亀泉の屋号と石工・大竹豊吉 大正元年(1912年)◉鳩ケ谷氷川神社狛犬(推測)・大正5年(1916年・丙辰)2019.03.03

 

本殿の右手に幾つかの摂社が奉られています。一番手前の摂社の前に小型ながら古そうな狛犬が置かれています。

台座も面取りがされている丁寧な造りの狛犬に見えます。酒井八右衛門の狛犬に出会っただけでも疲労感を感じるほど楽しんだのですが、また一つとは如何にも贅沢な事です。2019.03.03

 
徳丸北野神社狛犬・文久三年(癸亥・1863年)

右に置かれた阿像、小型ですが静かな姿は私の好みにあいます。雨に濡れているせいか石材の赤い色が少ししみだしていて変化に富んだ姿です。2019.03.03

 

 

 

 

 

 

 

 

右の阿像から吽像を写しています。赤みがかた石材の色が雨に濡れて綺麗に発色しています。台座の文字はかなり薄れていますが”文久三年(1863年)”と干支の”癸亥”が確認できます。江戸の狛犬との出会いです。2019.03.03

左に置かれた吽像、石材の赤味がかった色合いがより一層目立っています。余分な付属物を彫りこまない簡素な作りは静かな神域には馴染んでいるようにみえます。2019.03.03

所用の帰り道にしては深い満足感を味えた狛犬巡りでした。江戸の狛犬に加えて、最後は酒井八右衛門の明治時代の狛犬に出会えて板橋区には良い狛犬が残っている事を改めて知りました。江戸の狛犬や江戸の雰囲気の残る狛犬、そしてそれらの保存状態がかなり良いものが多いのも驚きです。運よく東京を襲った関東大震災・東京大空襲に生き残ってくれた狛犬なのでしょう。

少し遠回りにはなりますが、機会を見つけてジョギングの帰路に板橋区の神社を回って見ようかと思いました。2019.03.03

 
板橋区の狛犬
05/07/2019
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