メタボリックのお陰・改善を楽しんだ5か月②・   

土手に咲く野草もよたよた走る私には力強い味方です。もう一踏ん張りと励ましてくれます。

名も知らぬ野草だからなおさら土手で風に体をもてあそばれている時など親近感を感じてしまいます。

*後日談になりますが、後年これらの野草に興味を持ちだしたのは大変不思議な気がします。

文中の『走る』と書いたものは、他人から見るとよたよたと歩くより少し早く足を動かしている状態と云う意味です。

走り始める

無理をしない事を心に強く刻んで1月の中旬頃からスタートすることにしました。途中で諦めない為にはちゃんとしたウエアーなどをそろえた方が良いのでは思いました。無駄にしたくないと云ういじましい気持ちが途中で投げ出すことを抑止してくれると思ったのです。それに、いままで古い運動靴で歩いていたのですが少し緩いために足が中で動いて痛くなった来たのです。スーパーに通っているうちに時々とんでもなく安売りをする事を発見しました。

ナイキのウエアー上下は特価品、¥9,800で買いました。スーパーの運動具専門店の人が冬のジョギングでは透湿性のものでないと風が冷たくて無理だと言われて勧められました。専門家の話は正解で冬を快適に乗り越えました。馴染みのないウエアーを着てみたらちょっとしたランナーのように見えます。


色が残念ながら白っぽいものしかありませんでしたがそれには目をつぶることにしました。体さえ入るナイキなら良しとしたのです。靴もその2週間後アデイダスの安売りに遭遇する幸運に恵まれたのです。¥8,900のものが¥2,900で買う事が出来ました。やはり白っぽいものしか残っていませんでしたがこれも快適なクッションで足に肉刺ができる事もなくここまで続けられています。これだけ揃えたらもう止められないと思ったのです。他人には見えなくても、たとえ特価品でも私はナイキのマークが入ったウエアーとアデイダスのロゴの入ったシューズで身を固めたのです。

ウエスト・バックを肩から提げて走ります。そこにはお茶・みかん・パンなどの食料を入れています。走りながら水を飲み、歩きながらみかんを食べます。楽しみが無ければ走り続けられません。風当たりの強い土手は歩く人も少ないのです。時々走り方の本格的な人が息も切らずにすれ違っていきます。

良いロケーションがジョギングの継続の鍵でした

ジョギング・コース

場所は少し遠いのですが前に遊びに行った事がある川の堤防を走ってみようと思ったのです。車で片道30分はかかりますが、冬なら富士山が隣町にあるほど雄大に見える素晴らしいローケション、走れなければ散歩しても楽しめると思いました。

これは正解でやはり景色の良い場所を選択することはかなり重要な事だったのです。また人の混んでいない事も大切な要件です、人が少なければマイ・ペースで走り・歩くことが出来ます。第一あんまり頑張っている姿を人には見られたくはありません。5ヶ月以上楽しく継続できたのは良いロケーションが大きな要因であったと思っています。

①第一の橋までの途中から出発点を振り返って望みました。

一回目は距離片道3キロの第一の橋・高架橋の下(左写真の②と③)まで往復する事にしました。遠望する第2の橋(写真⑤)は遥か彼方に見えました。息が切れました、精一杯走ろうと思っても40%程しか走れません。半分以上は歩いてしまいました。それでも最初から走ることの辛さに反比例して、歩くことが休息に感じられてとても楽しいのです。

基本的に雨の日を除いて休みの日は2日続けて(1セットに考えています)出掛けています。さすがに二日目は筋肉痛で走る割合が大幅に低下してしまいました。

 

②出発点と第一の橋までの中間辺りから望みます。最も苦しい所です。
ところが2回目に、無理をしないと言い聞かせながら走りだしたら結構行けるのです。目的の第一の橋まで60%程度の比率で走って往復する事が出来ました。それで翌日無理かもしれないがもう一つ先の橋(写真⑤)まで行って見たくなりました。この日は結局往復10キロを約2時間30分で60%程度の比率で走ることが出来ました。終わった時の充実感は久しぶりのものでした、仕事のそれとは又違った若い血が騒いだような感覚でしょうか。
③第一の橋を通り越しました。食料を補給しながら此処まで歩きます。

コースの目印を幾つか決めて体調に合わせて走る区間と歩く区間の区切りをつけます。たとえば土手の菜の花の群落とか・・・走ると決めた区切りまではゆっくりでも走り通す事が大切なようです。

3月の終わり頃から土手のあちらこちらに野草の群落が見られます。復路はのんびりと立ち止って水分を補給しながら見とれています。

 

 

④第一の橋から③まで3分程歩きながら休憩します。水門の先を越えて第2の橋を目指します。

⑤第2の橋です。此処で折返しです。右の写真は復路をのぞみました。

第2の橋から復路を見ます。土手は左に大きくカーブして第一の橋へと続きます。復路は無理をしないように往路より歩く部分を多めにしています。出発点を目指して息を切らしながら土手を下るときは、一人だけのレースですが勝利のテープを切ったような感激です。

ゆっくりでも走る事が減量につながる

初期の段階では足の筋肉が痛くなる前に息が切れていました。4月の中頃までで都合18回ほどは走ったでしょうか。今では息も切れるが筋肉も痛くなる、つまりかなり連続して走ることが出来るようになったのです。これは自分でも信じられ無いほどの喜びです、なんだまだまだ出来るんじゃないかと自画自賛してしまいました。往路の5キロを休まずに走るまでになりましたが、結局復路で疲れが出たりするので無理は良くないことが分かりました。

今では往路は目的の第一の橋までの約3キロを30分走り通し、3分歩きながら休憩し残りの2キロ弱を15分で走る事にしています。つまり約98%程度は走ることが出来るようになりました。復路は少し力を抜いて75%程度を走る事で約往復10キロを1時間40分程度でこなせるようになったのです。

最初倒れるかもしれないと思ったことから考えれば私にとっては画期的な事です。それにつれて減量の効果も格段に表れてきました。間食を控えた以外は普通に食べているのでそのスピードは緩やかですが、ジョギング終了後は1~1.5キロ減量できます。それが夜になると殆ど戻るのですが、筋肉の活動が活発化するせいか翌朝になると又1キロほど減量されています。次回のジョギングまでには又体重が戻り、ジョギング後に減量と言うリズムを繰り返しながら少しづつ体重が減ってきています。医者にメタボリックを宣告された70キロからたった一日ですが61キロ台まで減量が進んだときには我が目を疑いましたが、今のところ朝62キロから夜63キロに落ち着いています。

私の想像では後1ヶ月ほど続ければ朝61キロ夜62キロになるのではないかと思っているのです。この5ヶ月の経験から得た私の素人としての結論は、足腰に故障がなければまず歩け・それも息が切れるほど早く歩け。減量を望むならゆっくりでもよいからとにかく走れと言う事になります。

朝61キロ台に安定したら、多分間食をやめて歩くことでこの体重は維持できるのではないかと推測しています。

土手にはおまけの楽しみが一杯です
人通りの少ない土手道、富士山がくっきりと見える冬が過ぎました。3月に入ると土手のあちらこちらにヨモギがのびてきます。橋の近くでは人が多くヨモギの色も何か汚らしいのですが、ジョギング・コースの中間点辺りまでは犬を散歩する人もそれほど入ってきません。復路はのんびりと走ったり歩いたりしながらヨモギを取ります。家に帰ってすり鉢で潰して白玉団子を作りました。ジョギングの後は体が糖分を欲しがります。丁度良い甘みが体にエネルギーを与えてくれます。 出色はヨモギの天ぷらです。野趣に溢れた香りを味わいます。

土手ののびろです。酢味噌にしましたが、少し硬かったのが惜しまれます。

土手の下にはサクラが見えます。のろのろと走っていても景色は後に流れていきます。心地よい印象を残して先に進みます。

約5ヶ月を振り返れば小さな感慨と達成感があります。ズボンのウエストがゆるくなり、ベルトもSサイズに変えなくてはならなくなったことなどは嬉しい結果です。何にも増して、年齢を考慮すれば、考えもしていなかった鍛錬して体力の向上が計れる事を実感した嬉しさが一番です。

土手では風が野草を吹き分けていきます。汗をかいた体に心地よく感じます。思えば、この景色と野草に励まされて此処まできたのです。きらきらと輝く川面にこれからも継続できることを祈念しているのです。

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10/20/2020
 
土手のジョギング②
 
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