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徳次郎知賀都神社狛犬・安政6年(1859年) ![]() |
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夏の終わりの戦場ヶ原の散策だけでも十分思い出に残る旅でしたが、日光北街道の神社巡りが加わり思いもしない大きな充足感に満たされました。
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日光市の神社と狛犬・掲載リスト |
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日光戦場ヶ原散策の往路の立ち寄り神社 |
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日光戦場ヶ原散策の帰路の立ち寄り神社 |
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街への帰路の立ち寄り神社 |
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徳次郎知賀都神社(ちかつ)神社:栃木県宇都宮市徳次郎町2478。戦場ヶ原へ向かう往路、日光市内の道の駅で野菜や果物を買おうと立ち寄りその途次3つの神社を訪ねました。夏休みを過ごす県境の村への帰路は芭蕉の奥の細道所縁の日光北街道を辿り、二つの神社と芭蕉の宿泊地を訪ねることが出来ました。 最初に尋ねた徳次郎知賀都神社(ちかつ)は道の駅を探しながら日光杉並木を車で走っていると鳥居が見えました。出発前に調べた場所ではありませんが立ち寄ることにしました。
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![]() 車は鳥居の前の広くなった道の脇に止めさせてもらい大急ぎで参拝をさせてもらうことにしました。鳥居の先には杉の巨木の列が参道の両側に並び神域と俗界との区切りを作っているようです。 杉林の並木の先頭には推定樹齢700年の巨大な2本の欅が直立しています。
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右の阿像と思われる狛犬は目の彫りの面積がかなり大きく、付属物が彫られていないことなどから古い時代の作りではないかと思いました。 石像のかなり広い部分が苔かカビの一種でないかと思われる白色の模様で覆われていました。最初はセメントか塗料が塗られて石材が変色しているかと思ってしまいました。
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右の阿像から左の吽像を写していますが、阿像の尻尾や背中の彫が私の馴染んだ石像とかなり異なる事が分かりました。 日光の狛犬に馴染みが無い事から江戸時代から徳川幕府とつながりの強いこの地の石像独特の仕様があるのかもしれないと楽しみになりました。
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私には新しい、それだけに特異な、意匠の狛犬出会って大いに楽しむ事が出来ました。
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通りがかりに見つけた神社での参拝で江戸時代の狛犬と遭遇出来た事は極めて幸先の良い旅の出だしです。
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徳次郎知賀都神社(ちかつ)・長寿の夫婦欅・推定樹齢700年 |
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推定樹齢700年と伝えられる巨木です。
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最初の目的地、日光市内の”JAかみつが 森友直売所スマイル館”を尋ねる事にします。
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森友瀧尾神社住所:栃木県日光市森友995。”JAかみつが 森友直売所スマイル館”に立ち寄り農産物を見ましたが季節的な問題なのか私達が買う県境の村近くの直売場程買いたい品が無かったので、昼のデザートにウオーター・メロンを2個だけ買いました。近くの森友瀧尾神社に向かいました。大きな通りの横にある神社で駐車場も神社の境内にありました。 |
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狛犬の間を抜けてお参りをさせてもらうことにします。
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確かに出雲大社の注連縄は如何にも巨大な作りであったことを思い出しました。
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森友瀧尾神社狛犬・大正15年(1926年) |
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台座で奉納年や石工名を探す楽しみが出来ました。それにしても、不思議な事ですが何故かこの狛犬も先程見た徳次郎知賀都神社狛犬・安政6年(1859年)と同じく一部がかなり白色化しています。
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日光戦場ヶ原の散策はそれ程時間も掛からず終わるので、その通り道の神社を訪ねてみようとの思いつきが想像以上の思い出を与えてくれました。日光周辺は例幣使街道等を通して江戸時代の面影に思いもしない場所で出会うことがありますが、今回も江戸時代の狛犬に出会うという幸運に恵まれました。 帰路は夏季休暇を過ごす県境の村へ向かいますが、芭蕉の奥の細道所縁の日光北街道を辿ることになるのでどのような幸運に巡りあえるかと期待しながら日光いろは坂へと向かいました。
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10/29/2022
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