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棚倉町・三島神社狛犬・大正15年(1928年)野田平業28歳作品 *禁・無断転載
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凡そ一か月ぶりに県境の村にやってきました。その間、グーグル・マップなどで幾つかの神社を探して目星をつけて置きました。駐車の場所や狭い道路の状態と調べる事と心配の種はきりばありません。
白河市の彫刻師・野田平業の狛犬を探して出かける事にしました。平業の故郷は城下町の白河市横町、その東にやはり城下町の棚倉があります。さすが白河周辺では中々私にとっての新しい狛犬に巡り合う機会は少なくなってきました、今回は久し振りにおっとりした佇まいの城下町にある棚倉の社を訪ねて見る事にします。棚倉町の狛犬一覧とマップ
白河市の狛犬・彫刻師・野田平業について 2018.06.25
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2018.06.25・狛犬を訪ねて№22・棚倉町の狛犬平業の狛犬を訪ねての神社参拝順路 |
①熊野神社⇒②羽黒神社⇒③八幡神社⇒④秋葉神社⇒⑤白山神社⇒⑥近津神社⇒⑦住吉神社⇒⑧御霊神社⇒⑨三島神社⇒⑩⇒天王神社神社&根渡神社
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住吉神社住所:棚倉町岡田字入沢156。神社の住所はグーグル・マップ中では集落の中を表示していますが道の画面で見ると確かに神社がありました。
近津神社から75号を更に南に進むと(約1.2km程)僅かで岡田の集落です。集落の終わりで小さな川を渡ります。渡ったらすぐ川に沿って右折(左手の小山が神社です)、川沿いの砂利道を30m程進んだT字路を左折すると神社があります。グーグル・マップでは75線からの道が切れていたのですが砂利道が続いていたので案ずるより割と簡単に見つけられました。
車は神社の前に止めさせて貰いましたが農繁期に訪れるのは遠慮した方が良いようだと思いました。 2018.06.25 |
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 震災の修理なのか一見して平業作と分かる狛犬の置かれた境内がコンクリートで綺麗に直されたようです。
この前に車を止めさせて貰って平業の狛犬を見る事にします。
綺麗な状態の狛犬で一見してすぐ野田平業だと分かりましたが、残念ながら台座には昭和12年の文字は刻まれていましたが平業の名前は確認できませんでした。従って、これが平業の狛犬であるというのは私の推定です。 白河市の狛犬・彫刻師・野田平業について |
棚倉町・住吉神社狛犬・ 昭和12年(1937年) 野田平業39歳作品(推定) |
右に置かれた阿像と思われれる狛犬、足下に納められている玉は平業の特徴である籠彫ではありません。
状態がきれいな平業らしい動きが表現された見応えのある作品です。狛犬の大きさは一般的なサイズに見えます。
2018.06.25
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右の阿像から吽像の方向を写しています。後から見る狛犬の姿からも平業の精緻な彫りを楽しむことが出来ます。
阿像の目の先の岡は集落の墓地になっています。 2018.06.25 |
左に置かれた吽像と思われる狛犬です。子供の狛犬は目一杯力んだ姿ですがこの阿像はどこか風貌が穏やかに見えます。
2018.06.25
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二の鳥居が見える石段を登って参詣をさせて貰うことにします。 2018.06.25
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石段を登り切った境内の広場からは、一面の緑の稲の絨毯が見えます。懐かしい風景が広がっています。
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境内に高さが1.5m程の馬の石像が奉納されていました。由来は分かりませんが、遠い青森県・唐沢牧場・種牡馬と名前らしい”ストレートアラフロx”・年齢16歳の文字が見えます。 2018.06.25 |
 昭和10年と思われる年号と石工・金山村・角田馨の名前が見えます。 2018.06.25 |
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棚倉町・御霊神社狛犬・昭和26年(1951) 野田平業・53歳作品 |

右に置かれた阿像、やや大き目の籠彫りの玉の目は、支え部分が太い事と年代が新しい事もあるのかほぼ破損が見られない良い状態です。
全体が苔に覆われているので彫りを詳細に見る事は出来ないようです。私の知る限りでは最も新しい昭和26年の作品と思われます。そう思うと何処か静かな雰囲気が感じられてきます。 2018.06.25 |
阿像から吽像を見ています。神域は広い杉木立の緑の森の中に包み込まれています。 2018.06.25 |
左に置かれた吽像です、やはり何処か静かな印象を感じる狛犬に見えます。
2018.06.25
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狛犬に彫り込まれている台座の横面に ”白河市横町之住 彫刻師 野田平業作”の文字が見られます。
従来白河市横町住の野田平業の狛犬は全て白河市が町制を敷いた明治12年(1879)から市制を施行した 昭和24年(1949)の間、白河町の時代に製作されていたと思っていました。この棚倉町・御霊神社 の戦後の昭和26年作の狛犬が分かったので戦後も制作を行ったことが分かりました。戦後のGHQの干渉で苦難の時代を迎えていた神社でしたが狛犬を奉納する人々がいた事が分かります。 2018.06.25
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石段の参道を下り車に戻る事にします。何とかここまで計画通りに見つける事が出来た事は、今までの例から見るとかなりの幸運です。
2018.06.25
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 狛犬の置かれた場所まで戻ってきました。氏子の人々の耕す緑の田圃の水面が光っていました。今日の天気では木陰から出たくなくなります。  2018.06.25 |
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三島神社:棚倉町山際屋敷前。神社は集落の細い砂利道の奥まったところにあります。車で訪れるのは狭い上に万が一迷惑をかけるといけないので、太い道路の60号線の邪魔にならないスペースに止めて歩いて行きました。山の斜面ではなく平らな場所にある開けた神社でした。
地元の方が畑仕事をしていたのでお参りさせてくださいと断わってから、参拝をしました。三島神社の平業の狛犬は是非見たかったのでたどり着けて大満足です。 拝殿の奥の神殿の前に何故か太鼓が下がっていました。 2018.06.25
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阿像の後方には山桜の巨木があります。桜の咲く頃はさぞかし美しい事だろうと想像してしまいました。 2018.06.25
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三島神社狛犬・大正15年(1928年)野田平業28歳作品 |
右に置かれている阿像、平業の大正時代の狛犬の特徴が表れた良い狛犬に出会いました。彫りの薄さと言うか繊細さというか・・・個人的に大変気に入っている作りなのです。
篭彫りの玉は大きく破損していますが、殆ど気になりません。 2018.06.25
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吽像はやはり何処か柔和な風貌にかんじます。平業の大正時代から昭和初期の狛犬の特徴である、扁平な顔の輪郭もはっきり認められます。
多分奉納する人の希望なのかと思われますが、子供が二頭彫られています。娯楽の少ない当時、神社は心の安らぎの場所でもあり子供の遊び場でもあったでしょうから、随分氏子の人々を楽しませた狛犬ではなかったかと思いました。 2018.06.25 |

地元の方の話を伺うとやはり山桜はとても美しいそうです。機会があれば山桜の花びらの下で平業の狛犬を見て見たいものだと思いました。
畑仕事はイノシシが畑を荒らしてジャガイモが全滅だという事で罠を仕かけるのだと言う事でした。 2018.06.25 |
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№22・棚倉町の狛犬①②③④で都合9体の野田平業の狛犬(推定を含めて)を訪ねる事が出来ました。その行程の間に訪れた二つの棚倉町の狛犬の話はその⓹に続く。 2018.06.25
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2018年9月20日 |
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