狛犬を訪ねて№20・①福島市の狛犬 野田平業の狛犬 ②へ |
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福島市・八幡神社・野田平業狛犬・大正12年(1923年)・25歳作品 |
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野田平業の狛犬をご参照ください。 |
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愛宕神社狛犬 |
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思惑通り丁度満開の桜の季節を迎えているようです。素晴らしい神社の見晴らしです。福島市内で初めて目にする野田平業の狛犬です。平業の白河の作業場から随分遠くまで運ばれてきたものだと、狛犬の長い旅を思いました。右に置かれた阿像、表情が豊かで落ち着いた印象を受けました。平業の技量をさり気なく示す籠彫りの玉が破損しているのは残念な事です。2018.04.09 |
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阿像から吽像を写しています。桜の花が彩を添えています。 空気が澄んでいれば柵の向こうの空に残雪の安達太良山や吾妻山が見えるのですが、残念ながら春霞が掛かっているようです。平業の狛犬は素晴らしい景観の神社に奉納されていました。2018.04.09 |
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阿像の狛犬台座に”磐城白河之住 彫工 野田平業作” と”石工 池田一雄”の掘り込みがありました。吽像には”石工 x木金七”と一部が見えない石工の人の名前が彫られていました。因みに磐城白河之住の表記は白河市の羽黒神社の狛犬と同じ表記です。狛犬は野田平業で間違いのないので、台座や石組などの作業を行った石工の人の名前と推定されます。残念ながら年代がいくら探しても見つける事が出来ませんでした。磐城白河之住の表記や作りなどから昭和10年代か其れ以前の作品ではないかと推測しています。2018.04.09 |
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左に置かれた狛犬で子供が彫られた吽像。 奉納した人の尽力のせいか彫りはかなり複雑で細かい仕上がりになっているようです。良い狛犬に出会えることが出来て街からの遠い道のりが無駄ではありませんでした。2018.04.09
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更に進んでいくと畑らしきものが現れて道は笹薮の中に消えてしまいました。畑には桃が植えられているらしく満開です。 2018.04.09 |
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桜の花も咲いていました。神社の案内板には桜の名所と書かれていたので何処か別に桜が見られる場所があるのかもしれません。 今日は未だ回るところが沢山残されているので残念ながら次の水雲神社に向かうことにします。2018.04.09 |
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水雲神社狛犬・野田平業昭和14年(1939年) |
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綺麗に浄められた境内に平業の狛犬が置かれて居ました。狛犬の歯と目の部分が彩色されているせいか、表情がどこか活き活きとして見えます。 若干大型で出来の良い作品に見えます。素人で名称が分かりませんが、体に彫られた多数の丸い凸部にも細かな彫りが見られます。籠彫りの玉も若干大型です。2018.04.09 |
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台座には奉納された日付と奉納されたと思われる氏子の方の名前が見えます。”石工 霧山 慶一”の彫りも見られます。狛犬は野田平業の作品ですので、しばしば見られる石組等を製作した職人の名前と思われます。2018.04.09 | |||||||||||||||
野田平業の通常の例にもれず狛犬が乗った石の横に名前が彫られていました。”白河町字横町之住 彫刻師 野田平業作”と彫られています。 | |||||||||||||||
左に置かれた吽像も歯と目に彩色が施されていて表情が生き生きとして見えます。 足下に子供の狛犬が彫られています。尻尾の部分の毛が複雑に絡み合っている彫りなどを見ると、奉納した人がかなり手が込んだ依頼をしたのだと感心しました。2018.04.09 |
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神社の入り口に植えられたソメイヨシノと思われる桜が満開でした。ここまで二つの出来の良い野田平業の狛犬に巡り合えて大きな満足を覚えています。 これから同じ伊達市内の受円寺の枝垂れ桜を見てから福島市内の八幡神社に向かうことにします。2018.04.09 |
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人家が辺りを取り囲む中に鎮座する神社です。風格のある屋根の社殿が鎮座する静かな境内でした。 近くのそろばん塾の生徒と思える子供達が手を合わせて行きました。 狛犬はやや大型で極めて印象的な造りの狛犬でした。野田平業25歳の作品です。前年に、個人的に平業の出来の良い狛犬の一つであろうと思っている白河市の南湖神社の狛犬を製作しています。2018.04.09 |
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福島市・八幡神社・野田平業狛犬・大正12年(1923年)・25歳作品 |
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右に置かれた阿像と思われます。私の知る平業の狛犬とは若干意匠が異なるように見えます。若干25歳の作品なので未だ固定した意匠が定まっていなかったものと思われますが、それだけに私は新鮮な印象を持ちました。 歯と目に彩色が施されている事もありますが、それ以上に25歳の平業の若さが生み出すエネルギーを感じました。 氏子の人が震災で倒れそうになった狛犬を棒で保護したようです。子供の脇には牡丹が彫られています。2018.04.09 |
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右の阿像から吽像を写しています。台座が震災で壊れて低くなったのか最初からそうだったのかは判断できませんが、見やすいのはありがたい事です。 やや大型の堂々たる狛犬です。2018.04.09 |
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左に置かれた吽像と思われる狛犬は震災の被害が最小限に抑えられているようです。 表情に力がみなぎっているように見えます。籠彫りの玉のサイズもかなり大型です。彩色は今見て来た伊達市の水雲神社の色と極めて似ています。非常に良い狛犬に出会えました。平業はこれだけの狛犬を彫る事に何の不安も躊躇もないでしょうから、依頼し負担を背負った奉納した氏子の人に感謝しなくてなりません。2018.04.09 |
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八幡神社の横を見てみました。隣は畑で後ろは家が建っているようです。町の中にある社です。 早朝県境の村をたって郡山ICまでは道々丁度満開の桜を辿りながら北上します。どれも静かな社の狛犬を巡るには相応しい一本桜です。郡山ICから東北道に乗り福島飯坂ICで降りて野田平業の狛犬を巡りました。 野田平業の地元・白河市から遠く離れた社に奉納された3つの狛犬はどれも出来の良い作品でした。帰路は二本松市で桜を見て、出発の県境の村に帰り着いたのは既に夕闇の迫る頃になっていました。一本桜と狛犬の今回の旅は、春の楽しい思い出として記憶に残る事でしょう。2018.04.09 |
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