狛犬を訪ねて№26・矢吹町・天栄村・鏡石町の狛犬を訪ねて③   

 

天栄村・豊香島神社狛犬・大正4年 (1915年)石工・小沼忠作 禁・無断転載

グーグル・マップでのいささかアヤフヤナ情報で訪ねた神社は想像以上の幸運に巡り合うことが出来ました。大晦日・元旦と小松布孝と推定される石像に巡り合うことが出来るなど出発前には想像も出来ない事でした。

今日も、もしかしたらとグーグル・マップで調べた神社を巡る事にします。道路には未だ雪が残っています、遠く見える尖った山の頂は芭蕉縁の白河市の関山かもしれません。2019.01.02

2019.01.02・狛犬を訪ねて№25・①白河市の狛犬を訪ねての神社参拝順路

◉その1掲載分 ①大和田・八幡神社狛犬⇒②大観音前・八雲神社 ◉その②掲載分 三峰神社矢吹神社三光稲荷滝八幡五龍神社  ◉その③掲載分 矢吹町・熊野神社天栄村・豊香島(とよかしま)神社鏡石町・八幡神社白河市小田川・八幡神社
2019.01.01

白河市・矢吹町・泉崎村の狛犬マップはこちらです。   
矢吹町の狛犬スライド ◉須賀川市・鏡石町・天栄村の狛犬スライド 
白河市の石工
矢吹町・熊野神社

熊野神社住所: 西白河郡矢吹町田内。駐車に付いて:車は神社の前に4~5台止められるスペースがありました。神社の看板は無かったのですが一応止めさせて貰いました。

何処なのかは分かりませんがカーナビに導かれて集落の中に入っていくと道路脇に神社はありました。2019.01.02

狛犬の間の石段を登ると社が有りました。境内には鐘撞堂がありました。2019.01.02

熊野神社狛犬・大正9年(1920年)・石工・真船卯右エ門・白河市大信増見 

グーグル・マップではもしかすると野田平業の狛犬かとも思って居ましたが、実物を見て私にはお馴染みの狛犬である事がすぐ分かりました。

今は白河市大信と呼ばれる土地の石工・真船卯右エ門の狛犬です。右に置かれた阿像、子供が彫られた所謂子取りの意匠です。特徴の動きを感じさせる狛犬です。

 

阿像から吽像を写しています。後姿にも見応えがあります。十分楽しく石像を見させてもらいました。2019.01.02

左の吽像は玉を収めています。立体感のある彫りは迫力を感じさせてくれます。2019.01.02
大正9年(1920年)と参拝記念の文字が見られます、多分伊勢神宮参拝の記念と思われます。増見は現在白河市大信に属しています。2019.01.02
拝殿の前から狛犬の置かれた鳥居の方向を見ています。その先に集落の家並が広がっています。

二十三夜供養塔・馬頭観音など沢山の奉納された石造物が奉られています。

 
天栄村・豊香島(とよかしま)神社

豊香島神社神社住所: 岩瀬郡天栄村飯豊宮ノ下9-3。

駐車に付いて:鳥居は道路から見えます、その右に駐車スペースがありました。

どこをどう走ったのか分かりませんがカーナビに導かれて無事道路脇にある神社に到着しました。道路脇に神社の案内板も出ています、かなり有名な神社のようで期待出来そうです。かなり大きな狛犬が道路からも遠望出来ました。2019.01.02

 

神社の由来を説明した看板には村の鎮守として崇められていると書かれています。良い神社の佇まいです。

高くがっちりと作られた台座の上に大きな狛犬が奉納されています。圧倒されるような雰囲気です。2019.01.02
天栄村・豊香島神社狛犬・大正4年 (1915年)石工・小沼忠作 

参道を進むと大きな台座の上に大き目の狛犬が置かれています。右に置かれた阿像、寡聞にして私には初めて目にする意匠の狛犬です。他の天栄村やこの近くでこの意匠の狛犬は初めてなので興味津々です。

体のサイズに比べると顔の大きさが一般的に見られる狛犬より若干小さ目に感じます。それが特異な風貌に感じさせるのかもしれません。2019.01.02

 
阿像から吽像を写していますが台座がかなり高いので上手い位置に納める事が出来ません。青空が背景に広がってしまいます。彫りは簡素ですが手慣れた職人の腕による作品に感じさせます。2019.01.02

大きな台座に”大正4年(1915年)”と”石工名の小沼忠作”の文字が刻まれています。調べると石工名の右に刻まれた”大里”は

栄村・武隈神社の傍にある山口菓子店の辺りだと知れました。余り目にしない意匠ですがこの地元の石工の人の名前も余り目にしたことがありません。これ程の地元の腕の良い石工で村内の狛犬を彫っていないのも考えれば不思議です。

この小沼忠作という石工の人はこの狛犬を彫った人かもしれませんし、台座等の作業を行った人なのかが特定が出来ません。一応、小沼忠作と言う石工の人が作ったと推定しました。お礼として当時の1円を奉納したと思われます。2019.01.02

左に置かれた吽像です、大きめの玉が彫られた所謂玉取りの意匠です。高い位置に置かれている為に顔の表情や彫りが詳しく見る事が出来ませんでした。

私には珍しい意匠の見応えのある良い狛犬に巡り合えました。もしかするとどこかでこの石工の狛犬に出会えるかも知れません。2019.01.02

境内から石段の先の狛犬を見下ろしています。素晴らしい神社の佇まいでした。通りの向こうには古い蔵が見れらます、何かの記念館のようです。2019.01.02

鏡石町・八幡神社

八幡神社住所:岩瀬郡 鏡石町仁井田192 。この八幡神社も集落の中の広い車道の脇にすぐ見つかりました。狭い道路でなくて一安心です。駐車に付いて:神社の脇に道路が広がった場所がありましたのでそこに停めました。

明るい日差しの差す神社の入り口に狛犬が見えます。車をここから20m程先の道路の脇に停めて狛犬を見させてもらうことにします。2019.01.02
八幡神社狛犬・石工 鏡石町大里・有我幸太郎 昭和9年(1934年)

大きな口を開けた右の阿像、彫りはかなりあっさりしています。表情が穏やかな狛犬です。珍しい事に足下に牡丹が彫り込まれていました。大きさは通常のサイズより若干小さ目に見えます。2019.01.02

阿像から吽像を写しています。取り立てて精緻な彫りではありませんが、狛犬の姿に違和感を感じさせない職人の手慣れた仕事に見えます。2019.01.02
左に置かれた吽像、大きな体の狛犬です。子供ともどもこちらを見据えていますがそれ程恐ろしさを感じさせない穏やかな表情の狛犬です。2019.01.02

台座に昭和9年と石工の名前が彫られていました。石工・有我幸太郎は須賀川周辺の狛犬を彫った石工として時々目にする名前です。私は須賀川在住の石工だとばかり思っていましたが鏡石町(当時は村だったようですが)成田という場所に住まいしていたことが書かれています。①鏡石町熊野神社 ②神炊舘神社 ③矢澤神社 の狛犬を彫った石工です、どれも穏やかな表情の狛犬です。須賀川市の石工をご参照ください。

 
 白河市小田川・八幡神社  一回目
八幡神社住所:白河市小田川里ノ根61−2。

2018年9月10日 に訪れた素晴らしい神社の佇まいと二つの狛犬が奉納されている白河市小田川の八幡神社に調べたいことがあるので県境の村への帰路立ち寄る事にしました。二つの狛犬の石工名を再度台座に探すためにやって来ました。結局、拝殿の前の極めて特異な意匠の明治36年(1903年)の狛犬も、入口の大正8年(1919年)の狛犬も台座には名前を確認することが出来ませんでした。

駐車に付いて:駐車場は境内にあります、狭い道なので注意が必要です。2019.01.02

入口の大正8年(1919年)の狛犬は”石工”の文字から下が欠落しています。右に白河町の彫りが見られることから白河の石工名が書かれていると推測されます。素人の私の推測では真船卯右エ門と考えていますが、当時の彼の住所の大信増見は大信村に属していましたのでつじつまが合いません。最も合理的な推測は狛犬は真船卯右エ門が彫り、台座には石組等の作業を行った元受けの白河の石工の人の名前が書かれていたのでないかと推測されます(間違っている可能性も高いのですが)。2019.01.02

狛犬を訪ねて№26の①②③を終了します。12月31日の那須の狛犬から2日の白河市の狛犬では小松布孝の石像と推定できるもので会う事が出来た何とも贅沢な狛犬を訪ねる旅でした。

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№26の③鏡石・天栄の狛犬 №明細
 
2019年5月4日
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