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大田原市西郷神社・明治36年6月(1903年)・石工 小松寅吉(布孝・推定) *禁・無断転載
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2018年12月28日の夜から県境の村へ向かう予定でしたが仕事が忙しく31日の朝出発することになってしまいました。午後3時頃までに村に到着すれば良いので、途中東北道の矢板ICで降りて那須の神社を訪ねて見る事にしました。
宇都宮インターを過ぎて矢板インターに向かって東北道を進んで行くと鬼怒川を渡ります。上流の左右に雪の山が見えます。左は男体山等の日光連山かもしれませんそうすると、右は会津の山でしょうか。大晦日とは思えない長閑で静かな風景です。平成最後の年の大晦日、那須の狛犬を訪ねる旅は青空の下の雪山が道連れとなりました。
初詣の準備で氏子の人々が集まっている場合があるので、その様子を見るのも楽しみの一つです。集落の共同体の人々の護る静かな神社も大晦日・正月は一時の賑わいとなります。社を浄める和気あいあいとした人々の姿を見ると、暮らしと一緒にある神社の佇まいが生き生きとして見えてきます。
今回の狛犬巡りはグーグル・マップで探した、白河の石工・野田平業の狛犬を訪ねる旅になります。4つの平業の狛犬を見て大きな満足感を感じながら、県境の村へ向かう帰路に尋ねた最後の神社は更に思いがけない石像を見る事になります。平成最後の大晦日の狛犬巡りは私に大きな喜びを与えてくれました。 2018.12.31
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2018.12.31・狛犬を訪ねて№24・①那須の狛犬を訪ねての神社参拝順路 |
◉その1記載分 ①加茂神社⇒②大田原市蛭田・温泉神社⇒ ◉その2記載分①笠石神社⇒②狭原・温泉神社 ◉その3記載分①薄葉温泉神社⇒②西郷神社
2018.12.31
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薄葉温泉神社:大田原市薄葉。 |
  駐車に付いて:神社の入り口が分からず、新幹線の下のスペースに車を止めて歩いて探してみましたが分かりません。
一旦は諦めて次の神社に向かおうかとも思いましたが新幹線の高架下の道が車で入れそうなので思い切って進んでみました。最後は丁字路となりかなり下に神社の鳥居が見えました。氏子の人々が初詣の支度をしている姿も見えます。車で坂を下ろうとしましたが危なそうなので高 架下のスペースに車を止めて神社まで歩く事にしました。
坂を下り神社に到着して氏子の人達に参拝の許しを得ます、私達の様子を見ていたらしく何故歩いて坂を下ってきたか不思議に思ったと言われてしまいました。
今までの狛犬巡りで何度が車をぶつけた経験があるので安全第一と心に決めています。
坂道を下りながら眼下に広がる美しい神社のローケーションに歓声を上げます。後に見える山はうっすらと雪化粧しています。 2018.12.31
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境内に推定樹齢450年というご神木がありました。尋常ではない那須の強風の吹き付ける地でよくぞ生き永らえたものです。 |
小山の大地の上に氏子の人々の暮らす集落、神社は田圃に囲まれています。秋にはさぞかし美しい光景が見られるのだろうと思いました。 |
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大田原市薄葉温泉神社・昭和29年(1954年)野田平業56歳狛犬 |
右に置かれた阿像、直ぐ平業の狛犬を分かる特徴が見てとれます。
玉の籠彫りなども破損せずに綺麗に残っています。台座の昭和29年の年号を見て驚きました。平業の狛犬は私の知る限り、今まで一例を除いて、白河市が町制を敷いた明治12年(1879)から市制を施行した 昭和24年(1949)の間に製作されています。その一例は昭和26年に作られた棚倉町・御霊神社の狛犬です。
この狛犬はそれよりも新しい狛犬となり、当然白河市の地名が書かれています。 2018.12.31 |
  台座には”白河市横町之住 彫刻師野田平業作” と刻まれています。手前の阿像はかなり苔が密生しているようです。
平業の狛犬では大変珍しい牡丹が台座に彫られているのが分かります。平業の名前も一般的に狛犬の直下の石板に横に刻まれるのですがこれは台座に縦に刻まれています。 2018.12.31 |
この狛犬は私の知る平業の狛犬とは異なる特徴が見られます。台座に牡丹の花が彫られています。大変珍しいので左に置かれた吽像は台座も写しました。
野田平業にとっては新しい挑戦であったでしょうが、制作を依頼し狛犬を奉納された氏子の方の負担も大きかったと思います。奉納者の方はご夫婦であったようで、微笑ましい事に奥様の名前が刻まれていました。 2018.12.31 |
氏子の人達にお礼を言ってから車まで戻る事にします。神社の横には東北新幹線の高架橋が望まれます。私にはこのような人々の暮らしと共にある神社の佇まいが最も心安らぐ神域に感じられます。
車までは坂道を登る事になります。何度も美しい神社の風景を振り返りながら大晦日の神社巡りの旅の楽しさを思い出しています。 2018.12.31 |
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西郷神社住所:大田原市加治屋。 |
駐車に付いて:神社は461号線線に面しています。神社の横に駐車場がありました。看板のなかったことと止めるスペースがかなり広かったので神社専用駐車場かどうか判然としませんが止めさせて貰いました。
先程訪れた薄葉温泉神社に向かう途中鳥居を見て神社が有る事は分かっていました、ただこれが次に訪れる予定西郷神社だとは気づきませんでした。県境への帰路に向かってこの神社のマップ・コードをカーナビに入れて進んで行くと先ほど通り過ぎた神社である事が分かりました。 2018.12.31
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神社の雰囲気は私の知る佇まいといささか異質で不思議な感じがします。この神社の案内板等が見られなかったのでこの神社の由来が知れませんでしたが、西郷・西郷清子・西郷元帥神霊等の文字が彫られている事を見て西郷従道を祀る神社ではとは推測出来ました。
家に帰って調べて見ました。明治政府の殖産興業策実現の一端として、那須疎水の開削に合わせて明治の元勲による那須野が原の開拓が盛んに行われた事を知りました。殆どが経営難でその姿を消すか変えるかして千本松牧場のように一部が残っているようです。
 言われてみれば、那須は観光地として知られていますが、少し外れれば開拓地として開かれた多くの土地が広がっている事が分かります。現代では開拓という言葉が殆ど使われなくなっているのですっかり忘れていました。
それで何故この地に乃木神社(那須に別邸があったそうです)やこの西郷神社があるのかも疑問が溶けました。
石の社殿の前に明治38年に奉納されている石灯籠に彫られた” 西郷清子”は西郷従道の妻の名前で奉納者と推定されます。この神社は西郷従道を祀った社で、一時那須で農場を経営していた事とも関連があるのかもしれません。因みに”西郷元帥神霊”の石碑には奉納された明治36年の年号が刻まれています。 2018.12.31
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石作りの小さな社が神社でした(もしかするとかっては拝殿などが存在したのかもしれませんが)。一般的な社とは異なる佇まいが不思議な空間を生み出しているようです。 2018.12.31 |
西郷神社狛犬・大正11年(1922年) |
 仮面を着けたようなかなり異相の狛犬です、右に置かれた阿像、通常のサイズより僅かに小さな狛犬です。
薄暗い境内で見ると一艘その特徴的な風貌が際立ちます。多分地元の石工が彫った狛犬と推測されます、それがこのような極めて特徴のある狛犬を誕生させた要因と思われます。ユニークな狛犬に出会うことは大変楽しい思い出になります。
この極めてミステリアスな印象を受ける特異な意匠の狛犬を2019年8月27日に大田原市上石上・温泉神社(同じく大正11年作)で遭遇する事になります。 2018.12.31 |
左に置かれた吽像、こちらはさらに異相です。どこか不貞腐れたような風貌で私には人間くさいリアルな狛犬に感じられました。 2018.12.31
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西郷神社社殿・明治36年6月(1903年)・石工 小松寅吉(布孝・推定) |
この石の社は何の予備知識もなく家人と二人で見まわしていました。二人して直ぐに直感的に”寅吉”ではと言う言葉が出てきました。
特異な透かし彫りの彫りや4隅を飾る狛犬の風貌、二人して寅吉作ではと言う感じが見るほどに確信に近くなります。まさかと思うと興奮が収まりません。確かに近くの寺に寅吉の石像が奉納され、ているので土地勘が無いわけではありません。扉の部分は洗浄されたか修理が施されているように見えます。
素人が二人して直感で小松寅吉(布孝)推定していますが間違っている可能性も大いにあります。 2018.12.31 |
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寅吉の石像を見るために訪れた沢山の神社を思い出します。寅吉の石像の数々から放射する強いエネルギーが同じだと言う直感が益々強まってきます。それは、そこまでやらなくてもと思える程の底知れぬ製作への拘りが私に伝わるように思えます。 2018.12.31 |
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小さな石の社に再度頭を垂れてお礼を申し述べました。多分県境の村への帰路のドライブは楽しいものになるだろうと思います。那須の狛犬巡り、№25の①②③終わり。 2018.12.31 |
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平成最後の大晦日の狛犬巡りの旅は最後に思いもしない僥倖に出会うことになりました。満足した気持ちで県境に村に向かうドライブを続ける事にします。明るい内に到着できそうです。 2018.12.31
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